翌日、氷河と瞬の許に朝を運んできたのは、夏の色をまだ色濃く残した陽の光だった。
その光の中で、いつもより重い身体を起こそうとして、瞬は自身の身体の異常に気付いたのである。

「ひょ……氷河……」
「どうした」
「ぼ……僕、身体を起こせないんだけど」

先にベッドからおりて身仕舞いを整えている氷河に、瞬は、シーツの上に横になったままの体勢で訴えた。
身体が――有りていに言ってしまえば、下半身が――自分のものではないような感覚に、瞬は焦慮を覚えていた。

「ああ、もっとヤっておけばよかったなんて馬鹿な後悔をせずに済むように、加減をしないでやりまくったからな。痛いのか?」
事の重大さに気付いていないらしい氷河に、瞬は真っ青になって、首を横に振った。

「痛みも感じない。下半身が僕のものじゃないみたい。ち……力が入らない」
自分が昨日までどうやって自分の手足を動かしていたのか、その方法を、瞬の身体はどうしても思い出してくれなかった。

半泣きになった瞬の枕許に、氷河が腰をおろす。
「そりゃあ、あれだけ奥まで何度もぐさぐさ突っ込まれたら、どこかおかしくなるのも当然だろう」

氷河の下卑た言い様に、瞬は、他にもう少しましな言葉は選べないのかと責めるように、彼を睨みつけた。
しかし、その睥睨も、すぐに、意識していない涙で潤んでしまう。
こんな情けない事態に遭遇するのは、瞬は生まれて初めてだった。
初めて氷河と身体を交えた時でさえ、瞬の身体にこんなことは起きなかった。
もっともその時は、瞬がびっくりするほどに氷河は優しかったのだが――昨夜とは違って。

瞬の視線の先で、彼は苦笑していた。
「俺を突き飛ばして逃げてもよかったのに、我慢するからだ」
「だ……だって……!」

氷河を引き止めたのも、求めたのも瞬自身である。
昨夜の瞬は、氷河の手から逃げたり、氷河を遠ざけたりすることのできる立場にはなかった。

そして、それ以上に。
瞬は、昨夜の氷河が、獣欲に捕らわれているだけと割り切ってしまうこともできないほど――怖かった――のだ。
逃げようとしたり、それ以上の交合をやめてくれと懇願したりすることだけは何とか耐えることができたが、昨夜はずっと氷河の下で泣き叫んでいたような気がする。
そこに歓喜の声が混じっていなかったとは、瞬自身にも言い切ることはできなかったが。

「おまえが悪いんだぞ。悪態の一つもつけばいいのに、必死に耐えてみせるから。それがやたらと可愛いもんだから、俺は収まりがつかなくなったんだ」

今は、氷河は微笑していた。
昨夜、彼の瞳の中に見え隠れしていた重々しい情念が、まるでただの幻だったように。

「痛かったろう? ずっと側にいるから、許せ」

そして、優しかった。

「…………」
元はと言えば、瞬が自分から言い出したことである。
どんな乱暴をされても、瞬は氷河に文句を言うことはできなかった。

ともあれ、氷河は、もうどこにも行かないと言ってくれている。
瞬は、それが嬉しかった。

「でも……これから毎晩こんなだったら、僕の身体、壊れる……」
それだけを、少し遠慮がちに言ってみる。

「今夜からは手加減する」
氷河は、ベッドに横たわったままの瞬の髪に指を絡めた。

おまえが、俺のどんな我儘も許してくれることを確かめられたから――という言葉を、そして、彼は喉の奥に飲み込んだ。







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