氷河は、本当のことを言う気にはなれなかった――無論、彼は決して瞬に嘘をついたわけではなかったが。

言えるはずがない。
自分が機会を得るたびにシベリアに帰郷していたのは、瞬の兄を真似ていただけだった――などということは。
瞬が兄を慕うのは、瞬の兄がいつも瞬の側にいないせいに違いないと考えて、用もないのに瞬の側を離れてみせていたのだ、などとは。

片時も瞬の側を離れずにいたいという気持ちを抑え、一輝の真似をして、瞬との間に距離を置く。
そうすれば瞬は、放浪癖のある兄を心配するように、自分をも気にかけてくれるに違いないと、氷河は思っていた。――望んでいた。

あの白い場所から帰ってくるたびに、眩しくなっていく瞬。
おかしなことだが、氷河は、帰郷を繰り返すうちに、そんな瞬から逃げ出したくなるような気分をも抱くようになった。
瞬に縛られ、自分が瞬なしでは生きていられなくなることを怖れて。

そして、氷河は、やがて、一輝もそうだったのではないかという疑いを抱くようになったのだった。


だが、氷河を不安にさせていたあの男はもういない。
もう、あの男と張り合う必要はない。
氷河は、去年の夏、シベリアに帰る理由を失ったのだった。

今、シベリアに行くと言えば、瞬は引き止めてくるだろうという確信があったからこそ、氷河は、1年振りの帰郷の計画を瞬に伝えた。

兄が帰ってくること――夏が再び巡ってくること――が確実な未来ではないということ、夏が永遠に巡り来るものではないこというを知った瞬は、自分の側から離れていこうとする男を引き止めずにはいられないだろう――そう、氷河は思っていた。
そして、事実、その通りになった。

(俺は卑怯だ……)

その自覚はあった。
兄を失ったことで、人の命の儚さに怯えている瞬の心を、氷河は最大限に利用したのだ。
だが、瞬に本当のことは言えない――死んでも、言うつもりはなかった。


「ほんとのこと、言わないでね」
ふいに、ベッドの上の瞬が、切なげな目をして氷河に懇願してくる。
氷河の心臓は大きく波打った。

もしかしたら瞬はすべてを見透かしているのではないかという氷河の懸念は、しかし、杞憂に終わった。

「星矢たちには、僕は頭痛か何かで起き上がれないでいるって言っといてね」
瞬が、羞恥に頬を染めて、氷河に訴える。

「ああ」
瞬に知られないように、安堵の息を洩らす。
それから氷河は、口許だけで作る微笑を浮かべて、ベッドの上に瞬の上体を起こしてやった。

瞬の白い腕や胸には、氷河の愛撫――というより、乱暴の跡が残っている。
瞬の肩をシャツで覆ってから、氷河はその細い身体を抱きしめた。

今、彼の腕の中にあるそれはもう、氷河ひとりだけのものだった。

「ずっとおまえの側にいてやる。俺たちの夏が終わる時まで」

氷河は今、無限にも等しい夏を、その手にしていた。






Fin.







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