Love me tender


〜 松本さんに捧ぐ 〜







「あの、ぼ……僕と、お……お友だちになってください」

最初に話しかけられたのは、大学の構内だった。
氷河は、講義が休講になったせいでぽっかりと空いてしまった時間を、中庭に張り出したティーラウンジのテラスのテーブルで、自分の書いたレポートの添削をしながらやり過ごしていた。

「なに……?」
告げられた言葉の意味を、氷河は咄嗟に理解できなかったのである。


世間にはそれなりに名の知れた経営者だった父が、半月ほど前に飛行機事故で亡くなり、葬儀やら遺産相続やらの雑事を一通り済ませて、久し振りに大学に出てきた、その日の午後だった。

幸い成人はしていたので、数百億にのぼる遺産の相続は、法定代理人を立てずに行なうことができたが、連日、父個人が雇っていた弁護士と会社の方から派遣されてくる代理人たちの相手をさせられていた氷河は、父の死を悲しいと思う暇もなかった。
実母はとうに無く、事故機に父と同乗していたのは、その愛人だったのだから、何をか言わんやというところである。
世間は、氷河が受け取ることになった遺産額の推定に忙しく、学内もまた、そんな世間の一部だった。

もともと混血で学内では目立つ存在ではあったのだが、半月前と今とでは、学友たち(と呼べるほどの者もいなかったのだが)の氷河を見る目が違っていた。
彼等の氷河を見る目は、有名企業の社長の息子から、数百億を自由にできる大学生へと変わり、その視線の内には羨望とやっかみが入り混じっていた。
それは、異世界の住人を見る目に近いものがあった。

そして、氷河が気難しい男であることを知っている学友たちは、遠巻きに噂の的を眺めては、噂話に花を咲かせているようだった。


「で? オトモダチになってどうするんだ?」
氷河は、自分のオトモダチ志願の学生に、投げ遣りな視線を向けた。

それは、ひどく幼く、そして、妙に綺麗な顔をした華奢な少年だった。
大学の構内で会ったのでなければ、高校生――へたをすると中学生――と思ってしまっていたかもしれない。

「あ……あの……あの……」
氷河に反問されたその少年は、氷河が掛けているテーブルの前で、しばらく意味のない言葉を発し続けていた。
そして、結局、答えらしい答えを返すこともなく、彼は、まるで鞠が転がるように氷河の前から走り去った。







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