「おい、――!」

店を飛び出たオトモダチ志願者を呼びとめようとして初めて、氷河は自分がまだ彼の名前すら聞いていないことに気付いた。
氷河が尋ねようとしたことへの答えが、思いがけないところから降ってくる。

「瞬? なんだ? 妙なところで会うな」
店のドアから外に飛び出した氷河の連れは、ちょうど店内に入ろうとしていた長髪の男の胸に飛び込んだ形になっていた。

「紫龍、知り合いか」
とりあえず、興味深いオトモダチ志願者を取り逃がさずに済んだことを確かめてから、氷河は長髪男に尋ねた。

彼は、氷河とは別の意味で学内では有名な、氷河の顔見知りだった。
得体の知れない変人で通っていて、学部は違うが、このバーで知り合った。

年会費十数万を請求されるこのバーに、学生の身分で出入りしているのだから、相応に裕福な家の子弟なのだろうが、彼は、『金持ちはビンボー人に奢る義務がある』が口癖で、ここで氷河に出会うたびに、氷河に酒を奢らせる。
バックに、華僑の要人がついているという噂のある男だった。

「俺の出た高校の後輩だが」

「あ……」
見知った顔に出会ったことで、逆に、氷河のオトモダチ志願者は狼狽を大きくしてしまったらしい。
紫龍の腕を擦り抜けて、彼は、氷河の前から、風のように走り去っていってしまった。


「おい、氷河。瞬に悪さはするなよ。あの子は、おまえが手を出していいような子じゃないからな。厳しいオニーサマの教育が行き届いた、今時珍しいほどの純粋培養種で――」

氷河のオトモダチ志願者の名前は、『瞬』というらしい。
名前と身元さえわかれば、いつでも会うことはできる。
氷河は、瞬を追うことよりも、長髪の変人から瞬に関する情報を引き出すことを優先させることにした。

「手を出されたのは、俺の方だ」
「まさか」

紫龍は、氷河の言うことなど到底信じることはできないと言いたげな顔を、おそらく日本国内で最も裕福な孤児に向けてきた。







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