「おまえは、傲慢にも、哀れな孤児の俺に同情してくれたわけなのか」 翌日、氷河は、瞬の受講講義を調べあげて待ち伏せし、午前の講義を終えて教室を出てきた瞬を、廊下で捕まえた。 「…………」 瞬は、切なげな目を氷河に向けるばかりで、何も答えない。 氷河は、それを、無言の肯定と受けとめざるをえなかった。 そして、それは、彼のプライドをいたく傷付けた。 「来い」 氷河は、昨日と同じように、ほとんど拉致するように瞬を自分の車に押し込めると、今度は銀座にある貴金属店に瞬を連れ込んだ。 瞬を引きずるようにして店内に入ると、 「いちばん高い腕時計を出してこい」 と店員に命じる。 ダイヤが散りばめられたロレックスの男性用腕時計の代金として数百万の小切手を切ると、氷河はそれを瞬の手に押し付けた。 同情できるものならしてみろと挑発するように。 「おまえにくれてやる」 自分がなぜ、これほど意地になっているのか、氷河は自分でもわかっていなかった。 ただ、氷河は、無性に腹が立っていたのである。 肉親の愛情に恵まれているというだけのことで、人の優位に立っていると言わんばかりに傲慢な、瞬の同情というものに。 「あの……」 瞬が、押し付けられた時計をケースの中に戻し、グラスファイバーの陳列棚の上に置く。 「なんだ」 「受け取れません」 「ただで貰えるんだ。あとでリサイクルショップにでも持って行けば、金に換えることもできる」 「でも」 「でも、なんだ」 「これ、趣味悪いです」 「…………」 心から納得できる理由で受け取りを拒否されたプレゼントの前で、氷河は一瞬言葉を失った。 確かに、氷河が瞬に“恵んで”やろうとしたそれは、成金かヤクザにこそ似合いの趣味の悪い一品だった。 「そ……それでしたら、こちらのカルティエなどいかがでしょう? 当店には、お客様にお似合いの、もっと洗練されて優雅なお品を多数取り揃えておりま――」 上客を逃してはならないと食い下がりかけた店員をその場に残し、氷河にぺこりと頭を下げて、瞬が店を出ていく。 氷河は、当然のごとく、その後を追った。 |