「だから、瞬は、おまえが手を出していいような子じゃないと言っただろーが! おまえ、瞬に何かひどいことをしたんだろう!」

もはや頼れるのはあの変人しかいないと覚悟を決めて、事の次第を語った氷河への紫龍の答えがこれだった。
悪いのは氷河の方だと決めてかかっている紫龍に、氷河は氷河なりに反駁した。

「俺は! 俺にできる限りのことをした! 強引だったのは認めるが、俺にしては優しくしてやったつもりだし、瞬も俺と一緒にいるのを楽しそうにしていたんだ……!」

反駁の言葉の語尾が、急激に勢いを失う。
本当にそうだったのだろうか――と、氷河は今更ながらなことを、今更ながらに考え始めたのである。

確かに瞬は、氷河の我儘をいつも文句一つ言わずに受けいれてくれていた。
氷河が求めると、それがいつでも、どんなことでも、大人しく身を任せてもくれた。
氷河の愛撫に我を忘れると、
「痛くして、もっとひどくして」
と喘ぎ、切なげに身をよじって、氷河自身を翻弄しさえした。

だが、瞬が時折ひどく辛そうな眼差しを自分に向けていることにも、氷河は気付いていた。
氷河は、そして、それを、今までを模範生で通してきた瞬の、無意味な罪悪感のせいなのだと決め付けていた。
瞬のその眼差しは、自分のしていることを反社会的行為だと思い込んでいる瞬の、取るに足りない罪の意識が作っているものなのだ、と。

だが、もしかしたら、瞬のあの眼差しはそういうものではなかったのかもしれない。
もし、氷河の前から瞬を立ち去らせたものが、社会通念への罪悪感なのだとしたら、その罪悪感から逃れるために、瞬は元の生活に戻ればいいだけのことなのである。
大学や自分の家から姿を消す必要など、どこにもないのだ。


いずれにしても、瞬は、氷河の許に戻ってはこなかった。
氷河は幾人か私立探偵を雇って瞬を捜させたが、彼等からもはかばかしい報告は一向に得られなかった。


大学に行く気にもなれず、自室で悶々としていた氷河の許に、紫龍から連絡が入ったのは、瞬が氷河の前から姿を消して1週間が経ったある夜のことだった。


「氷河。今、学生課に瞬が来てるぞ」
閉門直前の構内から入った連絡に、
「捕まえておけっ!」
とだけ言って、取るものもとりあえず、家を飛び出る。

数十分後に氷河が出会った瞬が手にしていたものは、大学への休学届けだった。







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