「どうして黙って姿を消したりしたんだっ! 俺がおまえに何か気に障るようなことをしたのかっ !? 」
「…………」

紫龍は、例のバーの個室に、瞬を引き止めておいてくれていた。
最初のうちは黙秘権を行使していた瞬が、事情を説明しないことには解放してもらえないと悟ったのか、やっと重い口を開く。

「――ごめんなさい。僕、氷河を騙してたんです」
「騙す?」
「僕が、氷河を好きだなんて、嘘なんです。僕は……初めて氷河に話しかけたあの日の朝まで、氷河の名前すら知らなかった」

「瞬……」
瞬の言葉は、氷河には大きすぎるほどの衝撃だった。
瞬の『好き』が嘘だった――などという告白を、互いの身体の境界さえ見失いそうな夜を過ごしてきた相手の口から聞かされるのは、氷河には耐え難い業苦だった。

「氷河に、どうして自分に近付いたのかって訊かれた時、ほんとの理由は言えなくて、上手な言い逃れも思いつかなくて、だから咄嗟に、氷河を好きだなんて言っちゃったんです。ほんとのこと言って、氷河に嫌われたくなくて、氷河を傷付けたくなくて……。そんなはずないのに、全然知らない人だったのに」

「……じゃ……じゃあ、おまえが俺とオトモダチになりたいなんて言ってきた本当の理由は何だったんだ」
「…………」

長い間――本当に長い間、ためらってから、瞬は小さく低く呟いた。
「……お金」

氷河には、最も信じられない答えだった。







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