瞬の兄が、事故で植物人間状態になったという連絡が、とある個人病院から瞬の許にもたらされたのが、氷河の父が亡くなる二ヶ月前のことだったという。 連絡を入れてきた病院に駆けつけた瞬は、そこで、白いベッドの上で目を閉じている兄の姿を見ることになったのだそうだった。 「そこのお医者さんが言うには、兄さんは、何か公にできないような――法律に触れるような、良くない仕事をしていたんだそうです。兄さんがそんなことになったのは、その良くない仕事の最中で、だから、公費の支給も受けられないし、保険もきかないだろうって……。でも、延命治療には1日に何万円ものお金がかかって、でも、僕にはそんな大金はなくて、家を処分して、そのお金を病院に払ってたけど、それも続かなくなって――」 そして、あの日、瞬は、同じ学校に通う学生が、莫大な遺産を相続したという話を、学友たちの噂で聞いたのだそうだった。 「ごめんなさい……僕、もう、どうすればいいのかわからなかったの……!」 膝の上に置かれた瞬の二つの小さな拳に、涙の雫が零れ落ちる。 「しかし、おまえは、俺にそんなこと一言も――いや、俺から一銭も――」 「だって、そんなことできない……できない……できなかった……! 僕は氷河を騙してるのに……氷河は、僕の嘘、信じてくれて、優しくしてくれて、なのにそんなこと……」 どうやら瞬は、詐欺師にはいちばん向かない種類の人間のようだった。 「でも、もう駄目だから、家を売ったお金もなくなって、このまま氷河の側にいたら、氷河にお金が欲しいって言っちゃいそうだったから、だから僕、氷河の側を離れるしかなくて――」 おそらく両親がいない分、兄に守られて守られて、人間や社会の醜さというものから目隠しで遮られるようにして、瞬はこれまでの時間を生きてきたのだろう。 「俺に好きだと嘘をついていたから、その罪滅ぼしに、俺と寝たと言うのか」 「ご……ごめんなさい……ごめんなさい……!」 その兄のために初めて犯した罪が、好きでもない相手に『好き』という嘘をつくことだったのだ。 「――おまえは、俺を好きなわけじゃないのか」 「ごめんなさい。氷河を騙すつもりじゃなかったの。でも、ほんとのことはどうしても言えなくて、そんなこと言ったら、氷河を傷付けちゃう。僕、それだけはどうしても……どうしてもできなかったの……!」 泣き崩れる瞬の姿を見詰めながら、出会ったこともない瞬の兄に、氷河は激しい憎悪を抱いていた。 |