翌朝。 青ざめているような赤いような、なんとも判断しにくい顔色をして、瞬は仲間たちの前に姿を現した。 「よー、瞬。氷河の悩み事は何だったんだ? あれから一晩、ずっと語り明かしてたのかよ?」 能天気この上ない星矢に、そう声をかけられた瞬の瞳に、ふいにじわりと涙がにじむ。 次の瞬間、瞬は、 「わーん!」 と大声をあげて、星矢に泣きついていた。 「お……おい、どーしたんだよ、瞬?」 突然の瞬の号泣に、星矢が思い切り面食らう。 瞬の号泣は、それからしばらく止まらなかった。 が、少々時間が経つと少しは落ち着いてきたらしく、瞬はしゃくりあげながら、仲間たちに、彼が号泣するに至った事の次第を語ってくれたのだった。 「僕、氷河が僕に悩み事を打ち明けようとしてるんだと思って、夕べ、氷河の部屋に行ったんだ」 「ああ」 「それで、朝まででも付き合うから、遠慮しないでって言ったんだよ」 「うんうん」 「そしたら、氷河が、ありがとうって言って」 「へー、氷河にしては殊勝なセリフじゃん」 「ぼ……僕を、急に押し倒したんだよぉーっっ !! 」 「へ?」 それは、何事にも大様なB型気質の星矢でも、あっと驚くような急展開だった。 「お……押し倒したって、べ……ベッドにかよ?」 驚きのあまり、言葉を選ぶほどの機転もきかず、星矢が、実に直截的な単語を用いて瞬に尋ねる。 瞬は、真っ赤になって、小さく頷いた。 「ど……どーして鳳仙花の花から、そういう展開になるんだ?」 訳がわからず(わかりたくもなかったが)、星矢は重ねて、瞬に訊いた。 瞬はまだ、ぐすぐすと半べそをかいている。 「ほ……鳳仙花って、学名がインパチェンスって言うんだって」 「インパチェンス?」 「ラ……ラテン語で、『もう我慢できない』って言う意味なんだって」 おそらくそれは、種子が熟すと、我慢できないように種を飛ばすためにつけられた学名なのだろう。 つまり瞬は、『もう我慢できない』と訴える氷河に、『朝まででも付き合うから、遠慮しないで』と言ってしまったのだ。 瞬のその説明を聞いた紫龍が、半泣きの瞬の横で、感心したような低い呻き声をあげる。 「学名できたか」 「あ、なーるほど。そーゆーことか。謎はすべて解けた! だな。納得納得」 「納得なんかしてないでよっ! 僕、夕べ、大変だったんだからっ!」 仲間たちを怒鳴りつけながら、瞬が、右の手で自分の腰をさする。 瞬が昨夜、どういうふうに“大変”だったのかは、あえて尋ねるまでもなかった。 「大変つったって、おまえ、ほんとに嫌なんだったら、氷河をブッ飛ばせばよかっただろ」 「そ……そんなことできるわけないでしょっ……!」 「へー、なんで?」 「なんで……って、だ……だって、氷河は僕の大切な仲間だし」 真っ赤に頬を染めた瞬が、弁解のような言葉を口にする。 氷河に比べると100倍もわかりやすい瞬の態度に、星矢と紫龍は肩をすくめることしかできなかった。 「へいへい、わかりました」 「うそっ、わかってないでしょっ!」 「だって、おまえ、突然押し倒されてもブッ飛ばす気になれない程度には、氷河のこと好きなんだろ。なら、いいじゃん。氷河だって、我慢できなくなる程度には待った後のことなんだし」 「だ……だからって、急にあんなことしていいわけないでしょっ!」 どう考えても、どこから何をどう見ても、瞬の頬が真っ赤に染まっているのは怒りのせいではない。 星矢と紫龍が、ノロケならこれ以上聞きたくないと、瞬にそっぽを向きかけた時、その場に登場したのは、『もう我慢できない』男・キグナス氷河 その人だった。 |