その日、瞬は非番で、市中見回りの任もなく、剣術の稽古を済ませた後にはすることもなかった。
ぼんやりと壬生寺の境内を眺めている瞬に気付いた沖田が、側に駆け寄ってくる。

京の冬は厳しい。
雪はまだ降っていなかったが、冷たい風の中に佇んでいる瞬の姿は、沖田の目に、いかにも頼りなげに見えた。

「瞬の故郷くにの三春藩って、どういうとこなんだい?」
瞬は故郷を懐かしんでいるのだろうと一人決めして、沖田は彼に尋ねた。

突然、捨ててきた故郷のことを尋ねられた瞬が、僅かに目を見開き、そして、ゆっくりとその瞼を伏せる。
「三春は──北の国で、小さな国で、誰もが春を待ちながら冬を耐えるような国です。春になると、梅、桃、桜と、春の3つの花が同時に咲く。だから、三春というんです。綺麗なところですよ」

「どうして、故郷を捨ててきたんだ? 君、武家の出なんだろう? 家族はいなかったわけ?」

入隊資格を問わないせいもあって、新撰組の局内は、出世を夢見る町人や農民が半ば以上を占めていたが、その中には、武士の身分を有する者たちも相当数いた。
が、彼等のほとんどはその日の食い扶持にも困る浪人たちで、尽忠報国の志を建前にして、生活費目当てに新撰組に籍を置く者も多かったのである。
平隊士でも、月の手当てが10両。
四人家族が1年間暮らしていけるだけの報酬を、腕さえたてば得られるのだ。
このところ、入隊試験が頻繁なのもそのためだったのだが、瞬は、そういう無頼の浪人のようには見えなかった。

「兄がひとり、います」
「心配してるんじゃないの?」
「僕は、家や故郷より大事なものを追いかけてきたんです。でも……」
「でも……?」

沖田がいつもの笑顔を引っ込めて、真顔で瞬の目を覗き込む。
途端に、瞬の瞳から涙が溢れ出た。

「でも、無駄だったみたい……」
ぽろぽろと、瞬は、惜しげもなく透き通った雫を頬に散らす。
沖田は一瞬、その涙に戸惑った。

武士になるために、一介の農民で終わるまいという大望を抱いて、沖田は、近藤たちと京に上ってきた。
そして、沖田の考えている武士とは 人に弱みを見せず意地を張り通すもの、だった。
人前で涙を見せるなど言語道断、そんな武士の姿は、沖田の中には存在しなかったのである。

武家に生まれ、武士として育てられてきたのであろう瞬。
だが、その涙は、不思議に女々しく見えない。
沖田は、むしろ、瞬の涙に、潔さのようなものを感じ取っていた。

──素直で、綺麗な涙。
瞬は武士である前に、自然に人間なのだろうと、沖田は思った。







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