こらえ切れずに、氷河は、その腕で、瞬の身体を抱きしめた。
その耳許に、掠れた声で呻くに言う。
「忘れてなどいない」

「氷河……?」
「忘れてなどいない。忘れた振りをしていただけだ。その方が、おまえも俺も楽に生きていける。おまえに未練を抱き続けて、あれ以上、おまえに負担を負わせるわけにはいかなかった。おまえの立場と藩の体面を考えれば、俺はこうするより他に──」

「氷河……僕がわかるの?」
氷河の腕の懐かしい感触に弾かれたように、瞬が、氷河の胸の中で顔をあげる。
そこには、瞬が見慣れた氷河の優しい眼差しがあって、どこか苦しげな色をたたえ、瞬を見おろしていた。

瞬が、声にならない歓喜の声をあげて、氷河にしがみついていく。
瞬は、それから、まるで氷河を責めるように叫んだ。
「氷河が……! あんなに武家のしきたりに虐げられ続けてきた氷河が、武士の体面なんて気にかけてどうするの!」
「だが、おまえは、その武士の世界の中で生きている。おまえは──」
「僕は、それを捨ててきたんだよ!」

瞬の訴えに応える言葉を、氷河は持っていなかった。
代わりに、彼は、まるで力の加減をせずに瞬を抱きしめ、唇を重ねた。
長い口付けの後で、氷河は、何かに急かされるように瞬の身体を抱きあげ、そのまま二人の部屋の中に入り、叩きつけるようにその障子を閉じてしまった。







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