膝上までしかない白いクラミュスから、すらりと伸びたシュンの手足は、オリーブの花のように白かった。
その瞳や唇は、オリーブの花など及びもつかない。
シュンは、『均整がとれ、力強く、たくましい』という、ギリシャの理想美の概念からは、遠くかけ離れた容姿の持ち主だったが、その肢体は若木のようにしなやかで、それはヒョウガの目には非常に好ましく映った。

ヒョウガはといえば、自宅内ということもあって外出用のヒマティオンは着けず、戦や各種競技で勝利し続けてきた──いわば、神に祝福された──身体に、膝丈のキトニスコスだけをまとっている。

これほど美しい一対が、神の意思で結びつけられたのでなかったら、それは奇跡以外の何ものでもないだろうと、ヒョウガは胸中で自画自讃していた。

その奇跡の片割れが、ヒョウガに重ねて訴えてくる。
「ヒョウガはもう、イストミア祭でもネメア祭でもピュティア祭でも優勝してる。この上、オリンピア祭にまで出る必要はないじゃない。ヒョウガは名誉も富も手に入れた。これ以上の何を望むの。もう十分でしょう」
「オリンピア祭で優勝すれば、4大祭典を完全制覇だ。名誉や金はいくらあっても邪魔にはならない。どうして、他人に譲らなければならないんだ。おまえも、俺に箔がついていた方が鼻が高いだろう? 俺はおまえのためにも──」

「あのね」
ヒョウガの語る言葉を、シュンは聞く価値がないものと判断したらしい。
シュンは彼の言葉を遮った。
「ニキアスは、こないだ、お兄さんがシラクサの戦で片脚を失って帰ってきたの。お母さんも長いこと病気で臥せっていて治療費もかさむ。とても──困ってるんだって」
「…………」

ニキアスというのは、1年ほど前からヒョウガの屋敷に出入りするようになった若い男だった。
シュンが、どこからか連れてきて、屋敷の庭の世話をさせている。
内庭には、井戸と足を休めるためのベンチと祭壇があればいいという認識でいたヒョウガを説き伏せて、シュンは樹木や花をこの庭に植えさせた。
その作業をしたのが、ニキアスという男だった。

身体は鍛えてあるし──造園業を営んでいる必要上、自然にそうなったのだろうが──ヒョウガが見た限りでは、動きも機敏で運動能力にも優れているようだった。
だが、戦嫌いの平和主義者で、闘争意欲・上昇志向に欠け、アテネ市民としてはあまり褒められたタイプではない。 

シュンがどうやって、彼を知り合ったのかを、ヒョウガは知らなかった。
シュンに、“奴隷”という身分を認識させたくなかったヒョウガは、可能な限りの自由をシュンに与えていた。
束縛していると思われたくなくて、護衛と一緒でさえあれば、無断の外出を咎めたこともなかった。
おそらく、市場かどこかで出会い、戦争嫌い同士で意気投合したのだろう。
確認したところ、間違いなくアテネ市民だったので、ヒョウガは彼の屋敷への出入りを認めた。

綺麗な男子と見れば口説き始めるのが礼儀という風潮のあるこの国で、若い男をシュンの近くに置くのはあまり好ましいこととは思わなかったが、まさか歴としたアテネ市民が、市民であるヒョウガの“財産”に手をつけるはずがないと、ヒョウガは判断した。──1年前には。

が、恋はたやすく人間に罪を犯させる。
ヒョウガ自身が似たようなことをしてシュンを手に入れただけに、シュンがニキアスと親密さを増していく様は、ヒョウガにはひどく不快で、そして不安の募ることだった。






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