少しくヒョウガの剣幕に威圧されていたシュンは、しかし、やがて静かに彼に反論した。 「名誉って、そんなに大事なものなの。僕は、ヒョウガのために、それを捨てたけど」 「…………」 今度は、ヒョウガの方が気勢を それを言われると、彼は返す言葉がなかった。 シュンはギリシャ人ではない。 人種的には、スパルタ人と同じドーリア人なので、確かにギリシャ人ではあるのだが、その出生国は、ギリシャ人たちに ギリシャの北方に位置するマケドニアは、ギリシャのような都市国家ではない領域国家で、民主制ではなく王政を採っている。 シュンの父は、マケドニア王室に古くから仕えてきた家の家長だった。 マケドニアに帰れば、代々重臣を出している名家の子弟。 だが、ヒョウガのために、故国を捨ててやってきたこの町で、アテネ市民ではないシュンの身分は 人頭税を課せられ、アテネ市民の保護者の許でなければ市内での居住も許されず、無論、参政権もない。 要するに“奴隷”である。 「名誉だの、神が望む理想の肉体だのって偉そうに言うけど、4大祭典には外国人も奴隷も参加できない。そんな限られた人たちしか参加できない競技会で勝ったくらいのことで、自分は神に選ばれた人間だなんて得意がっているのは滑稽でしかないよ。格闘技や戦車競争はともかく、スタディオン走やディアロウス走なら、僕だってヒョウガに負けない自信はあるんだから」 「おまえが?」 アテネの市民が命よりも大事と思い、重んじている名誉。 それを滑稽と言われて、素直に認めるわけにはいかない。 ヒョウガは、薄く笑って、シュンをいなした。 「マケドニアの軍陣の中では、くそ重たい軍装をしていた俺にも追いつかれたじゃないか」 「…………」 言ってからすぐに、ヒョウガは自分の失言に気付いた。 しかし、一度口を突いて出てしまった言葉を消し去ることはできない。 |