蛍雪時代

〜 みずきさんに捧ぐ 〜







下校時間の近付いた蛍雪学院高校の図書館の閲覧室に、生徒の姿はまばらだった。
その生徒たちも、読んでいた本や筆記用具を鞄の中にしまい始めている。

閲覧室のカウンター内にいる図書館の職員たちからの会釈をやり過ごして、氷河は、閉架書庫の脇にあるパソコンルームに向かった。
そこに、彼の同僚の国語教師がいるはずだった。

部屋の入口脇にある個人認識装置にIDカードを差し込むと、スライド式のドアは音もなく開き、氷河を室内に導いた。
一席ずつパーティションで区切られたキャレルテーブルが6席しかないのは、この部屋が教員専用のPC室だからである。
定期考査の終了直後や通知表作成時期には予約を取らないと使用できないほどの利用率を誇るこの部屋も、中間考査が終わって2週間も過ぎた今は、使う人もほとんどなく、閑散としていた。

氷河がその部屋に入った時、そこには、教員が一人いるだけだった。
氷河の目指す国語教師は、窓際のキャレルテーブルの椅子に、両の肩を落として座っていた。
パソコンに向かうでもなく、資料に目を通すでもなく。

「城戸先生、どうかしたんですか」
氷河が声をかけると、“城戸先生”は弾かれたに顔をあげ、それから、ひどく情けなく響く声で、氷河の名を呼んだ。
「氷河……!」

本当に、“名”を呼ばれてしまった氷河が、慌てて、誰もいないPC室の中を見まわす。
幸い、室内には、氷河の他には“城戸先生”しかいなかった。
「おい、瞬、ここは学校だぞ。名前で呼ぶのは……」

氷河は、場所柄をわきまえていない同僚をたしなめようとした。
たしなめようとして、瞬の様子が尋常でないことを見てとった氷河は、そうするのをやめた。
そして、尋ねる。
「何かあったのか」

場所柄も公私の区別も、今の瞬にはもはやどうでもいいことらしい。
瞬が陣取っている窓際のテーブルの脇にまわった氷河に、瞬は、椅子から立ち上がることもせずに抱きついてきた。

そして、瞬は、くぐもった声で、彼から平常心を奪ってしまった事件の概要を、氷河に訴えたのである。
至極、端的かつ明快に。

「通信簿、なくしちゃった……!」
──と。






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