この学園の生徒たちの制服と似た色のソフトタイプのスーツを着ている時などには特に、よく生徒と間違われることもあったが、瞬は、歴とした国語の教師である。
事情があって、血縁はないが、氷河とは同じ苗字。
学校では、互いのことを、それぞれに城戸先生と呼び合っていた。

生徒たちは、氷河と瞬が一緒にいる時には、『数学の城戸先生』『国語の城戸先生』と呼んで区別している。
もっとも、当人たちがいない場の会話では、単に『オニ』と『ホトケ』で済ませているようだったが。

その、3年生の全クラスの副担任も兼ねている“城戸先生”が、まるでいじめっ子にいじめられた小学生のように、氷河にしがみついて、泣きべそをかき始めていた。
こればかりは大人になっても変わらないなと内心で苦笑してから、氷河は慌てて気を引き締めた。
今は、そんな懐かしい思い出に浸っている場合ではない。

「通信簿をなくしたというのは、どういうことだ」

氷河たちの勤める蛍雪高校の通知表の基本データは、出欠一覧、成績一覧、家庭調査データ、指導要録、成績統計等が統合された学内LANシステムに収められている。
教科担当がテストの点数・評定等を入力、担任が通信欄にコメントを入力した後、そのデータは印刷所にまわされて、数日後に通知表が学園に納品されるという流れになっていた。
何を隠そう、その学内LANシステムを導入したのは氷河自身で、彼は、そのセキュリティにはCIAやFBI以上という自負を抱いていたのである。
そのLANデータをハッキングすることは、よほどの手練てだれでなければ不可能なはずだった。

氷河に尋ねられた瞬が、やっと顔をあげて、事の経緯を説明する。
「管理総合データベースの3年生5クラス分全員のデータを落としたCD−ROMをなくしちゃったんだ。このPCにセットしたまま、ちょっと資料を受け取りに閲覧室の方に行って、戻ってきたら、パソコンから抜かれちゃってた」

どうやら鉄壁の防御を誇る学内LANシステムがハッキングされたということではないらしい。
瞬がなくした“通信簿”は、学内LANからダウンロードした生徒たちの名簿に、瞬が中間考査後の暫定の5段階評定を入力したCD−ROM──ということだった。

「評定自体は、期末考査までの暫定的なものだから、情報としての価値はないんだけど、僕、データベースに備考欄を追加して、そこに生徒たちのプライベートな──家庭の事情とか、それについてのコメントや留意事項を入力してたんだ。そっちの方が……他人に知れたら、生徒たちの気持ちを傷付けちゃう……」

氷河が学内LANシステムに鉄壁の防御を施したのは、このところ、公的機関や民間企業からの個人データ流出事件が多発して、社会問題になっていたからである。
確定していない生徒の評定はともかく、生徒たちのプライベートな情報が学外に漏れるのは、確かに重大事だった。






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