瞬は、何とか気を取り直し、なるべく穏やかに響く声で、彼に尋ねた。 「中は見てないよね」 「…………」 肯定の返事がない。 なので、瞬は慌てた。 このCD−ROMには、200名近い生徒たちの、公にすべきではない個人情報がぎっしり詰まっているのだ。 「で……でも、セキュリティロックがかかってたはず……」 「パスワードチェック数の上限3回の設定を無効にしてから、アルファベットと数字の順列組み合わせで作ったパスワードを代入していくプログラムを組んだんです。昨日の朝、プログラムが完成して、夕べ、やっとロックを解除できました」 あまりのことに、瞬は呆然自失してしまったのである。 自分の心の中に、たとえこのCD−ROMが生徒の手に渡ったとしても、その中身は誰にも読めないだろうという油断があったことを、瞬は今になって自覚することになった。 氷河が、横から、あまり深刻な様子のない茶々を入れてくる。 「俺レベルが、こんな身近にいたわけだ。さすがは、数学が赤点すれすれでも学年5指に入れる秀才サマだけある。将来が楽しみだな。サイバー・テロリストとして、全世界最重要指名手配犯だ」 「氷河!」 今更 取り繕って『城戸先生』もない。 瞬は、氷河の名を呼んで、彼の暴言を諌めた。 「瞬先生は悪くない。瞬先生は優しいんだ。母さんも、あんなふうになる前は、瞬先生みたいに優しかった。なのに、こいつがひどいことして、瞬先生を変えようとする。だから、許せなくて、困らせてやろうと思って、でも、こいつの方には隙がなくて──」 「原因は俺への怨恨か」 それは氷河への怨恨というより、むしろ、彼の母親を変えてしまったもの──彼自身や社会を含んだもの──への反発から出た行為だったのかもしれない。 自分の行動の真の原因も真の目的も、そして、それがなぜこういう行為に帰結してしまったのかということも、彼自身は理解しきれていないようだった。 Aクラス11番当人にわかっていたのは、 「もう、どうでもいいです。こんなことしたんだから、どうせ俺の人生はもう終わりだ」 ──ということだけだった。 氷河が、すっかり投げやりになってしまっている教え子に、吐き捨てるように言う。 「何が、俺の人生は終わり、だ。まだガキのくせして。そんなセリフは、せめて80を過ぎてから言え」 「氷河、もっと言葉を選んで……あ、あのね。このことが人に知れると、情報管理が杜撰だったって責められるのは僕の方だから、僕、このことは内緒にしておいてほしいんだ。ね、そうしよう?」 瞬が教え子の自暴自棄を静めようとして、慌てて言葉を紡ぐ。 氷河には反抗的な視線を投げたAクラス11番が、瞬に対しては、今にも泣き出しそうな顔を見せる。 さすがに、瞬ではないので、本当に泣いたりはしなかったが。 |