泣きはしなかったが泣きそうな顔をして、Aクラス11番の生徒は、弱い語調でぽつりぽつりと語り始めた。 「──俺はただ、あんまり何もかもが不公平なのが許せなかっただけだ。なんで俺ばっかりこんな目に合うのか、なんで母さんがあんなふうになるのかがわかんなくて、いらいらして──」 「橋本君……」 なぜ世の中は不公平なのか、なぜ幸運な人間と不運な人間がいるのかは、瞬にもわからなかった。 そして、それは瞬にはどうすることもできない現実だった。 瞬にできるのはただ、自分の不運を不幸にしかできない生徒に対して、慰撫の言葉を与えることだけだったのである。 「みんなが順風満帆で平穏に暮らしてるとは思わない方がいいよ。あのデータ見ちゃったのなら、わかるでしょ。みんな、何かしら問題を抱えて、でも、一生懸命頑張ってるんだからね」 不運を不幸と、幸運を幸福と、同義のものに見なしている少年が、しかし、そんな言葉に頷くはずもない。 「でも、何もかもに恵まれてる奴もいる」 「いないよ」 「いる」 「誰がそうだっていうの」 「こいつ」 不運を不幸にしている少年は、自らの幸運な級友を例にはあげずに、氷河を指差した。 氷河が、その指の先で、大袈裟に肩をすくめてみせる。 なぜ彼の妬みが同年代の級友たちではなく氷河に向くのか、完全には理解できないまま、瞬は、それでも彼の誤解を解こうとしたのである。 「僕も氷河も両親を早くに亡くして、養護施設で育ったんだよ。それなりに、辛い思いもしてきた。だから、橋本君だけが不運だと思うのは間違ってるよ」 瞬の言葉に、彼は、僅かに驚いたような様子を見せた。 彼の目には、それほど氷河が幸運で幸福な人間に見えていたのかもしれない。 そして、だが、すぐに彼は、『その程度の不運を経験したくらいのことで、それ以上の幸運を手に入れたのか』と言うような顔になった。 人間は、他人の不幸不運は小さく見え、自分自身の不幸は実際より大きく辛く感じるようにできている。 人がその内に抱えている悩みや苦しみは他人には見ることができないのだから、それはある意味では当然のことなのかもしれない。 自分の教え子のその様子に、瞬は切なく眉根を寄せた。 瞬が、そんなふうな教え子をひどく悲しいものに感じたのは、彼の姿に、まだ高校生だった頃の氷河の姿が重なったからだった。 |