戦を嫌うシュンのためというだけではなく、自分自身が闘いの誘惑に負けてしまう前に、ヒョウガはトロイを出ようと考えていた。

そんなヒョウガを、アエネアスが引き止める。
「どこに落ち着くという当てもないまま、ここを出ていくだと? そりゃあ、おまえはどうとでもできるだろうが、シュンに、そんな風来坊のような暮らしを強いるつもりか? 冗談じゃないぞ。いいから、少し待て。俺が、どこか安全な土地に、おまえたち二人が暮らしていける家を手配してやるから」

アエネアスにそう言われてしまうと、ヒョウガもトロイ脱出を強行することはできなかった。
シュンのためにトロイを出ようとしているのに、シュンに辛い思いをさせるわけにはいかない。
シュンに故国を捨てさせたヒョウガの中には、シュンに生活面での不自由を味あわせたくないという、意地のような思いがあったのである。

そんなふうに、ヒョウガとシュンがトロイを出る機会を逸しているうちに、トロイのあちこちでは、局地的な戦闘が起き始めていた。
時にはギリシャ軍が勝ち、時にはトロイ軍が勝ち、その結果、両軍の名の知れた英雄豪傑たちが死んでいく。

そして、ギリシャとトロイの戦いが激しく悲惨になるにつれて、ヒョウガの愛撫も荒々しく激しくなっていった。

アルゴスのディオメデスが、トロイの勇将グラウコスと闘った夜。
トロイの友国リュキアの勇将サルペドンが、アキレスの親友パトロクロスに敗れた夜。
そのパトロクロスがヘクトルに一騎打ちを挑み、ヘクトルがそれを倒した夜。
復讐心に燃えたアキレスがヘクトルを倒し、勝ち誇った彼がヘクトルの屍骸を馬にくくりつけてトロイの城壁の周囲を引き回した夜。

まるでシュンを憎んでいるかのように、ヒョウガはシュンの身体を刺し貫く。
ヒョウガのその猛り狂う様が、
『闘いたい、闘いたい。俺の方が強い』
と訴えているようで、たぎる血を静めるために恋人の身体を求めているようで、シュンは辛かった。






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