頼りの王子ヘクトルを失って、トロイの王プリアモスは消沈し、一気に老けた。 アキレスとの闘いで亡くなったヘクトルに代わり、第三王子のディポボスがトロイの王位への野心を剥き出しにし、その存在を誇示しだしたが、人望のない彼に期待する者は少なかった。 むしろ、これからのトロイを導く者には、傍系ではあるがアエネアスの方がふさわしいのではないかという意見の方が多かったのである。 それが、ディポボスには気に入らなかったのだろう。 アエネアス自身には責めることのできる点がなかったので、彼はアエネアスの客分としてトロイの王城内に住んでいるヒョウガに当たり始めた。 「トロイに世話になっていながら、戦わずにいる勇士殿がいるようだな。戦う気がないのなら、貴様の可愛い愛人を兵たちに提供したらどうだ。さぞかし、兵たちの士気もあがるだろう」 ディポボスは武勇に長けていないわけではなかったが、振舞いが粗暴で、冷静な判断力にも欠けていた。 指導者としての資質は、ヘクトルやアエネアスに遠く及ばない。 そもそも、その人間性に問題があった。 ヒョウガも彼への軽侮を隠そうとはしなかったし、それがディポボスには不愉快だったのだろう。 そして、今のヒョウガは、人前で侮辱されて、それを受け流せるほどの余裕を持っていなかった。 「戦う気はあるぞ。俺のシュンを侮辱する者が相手なら」 ディポボスは、ヒョウガが剣を抜くまでもない相手だった。 それでなくても、ヒョウガは苛立っていた。 ヒョウガは、シュンを貶められた怒りと、抱えていた苛立ちに任せて、次の瞬間、ほとんど反射的に拳ひとつでディポボスを叩き伏せてしまっていたのである。 力の加減を全くしていなかったヒョウガは、彼を叩き伏せてから、一瞬、彼を殺してしまったかと焦った。 石の床に倒れ付したディポボスの呻き声を聞いて、安堵する。 それから、ヒョウガは、この地に長居しすぎたことを後悔した。 |