そんなシュンの上に残酷な希望が舞い降りてきたのは、ある年の夏のことでした。

シュンの住む白い森を抜けたところに、人間が作った小さなログハウスがありました。
家の前には、柵で囲まれた小さな牧場と家畜小屋があります。
昔は人間が住んでいたらしいのですが、シュンが生まれた頃には、そこは既に空き家になっていました。
牧場や家畜小屋から、羊の鳴き声が聞こえてくることもありませんでした。


シベリアに初夏が訪れたある日、その家に一人の人間がやってきました。
金色の髪と青い瞳を持った、若い人間が。

白い森のいちばん端っこにある木の陰から、初めて彼の姿を見た時、シュンは彼をとても美しいと思いました。
彼は、鋭い爪も、残酷な牙も持っていませんでした。
彼は、こんなふうに生まれてきたかったと、シュンがいつも夢見ていた通りの姿をしていたのです。

柵の中に羊を放し、彼はそこで暮らし始めました。
彼は一人で、その家にやってきました。
もしかしたら彼には、シュンがそうであるように、彼と同じ種族の仲間がいなかったのかもしれません。
そんな些細なことが、シュンに彼への親近感を抱かせるのでした。


毎日、自分の生まれてきた訳を考え、その答えを見い出せず、他の生き物の命を奪って生き続けることに疲れ果てていたシュンは、既に、涙も枯れかけていました。
だから。
だから、シュンは、彼の美しい姿を見たその時から、彼に殺されることを夢見始めたのです。

シュンは、自分では死ぬことができませんでした。
飢えが極限に至ると、シュンの意思とは裏腹に、シュンの鼻は獲物の匂いを嗅ぎつけ、シュンの足は獲物を追いかけ始めます。
その上、シュンの敏捷さは、滅多に狩りを失敗させることがありませんでした。

自分で自分の命を絶つことのできないシュンは、ですから、自分の意味のない命を、彼に終わらせてほしいと願うようになったのです。

醜くて残虐なオオカミの命。
その命のともし火を、彼の手で消してもらうことができたなら、自分はどれほど幸せな気持ちになれるだろう──?
シュンは、うっとりしながら夢想しました。
その瞬間には、シュンは、一切の苦しみを忘れることができるに違いありませんでした。

生きるために他の命を必要とするシュンの血肉が、シュンの身体の表層から切り離され、シュンが毛皮だけの存在になったなら、彼は、その手で──武器になる爪のない幸福な手で──シュンを優しく撫でてくれるかもしれません。
生きている限り叶わないであろう夢は、死ねば叶う夢でした。

彼の手に優しく愛撫される“死んだ自分”を思い描くたびに、シュンは夢見心地になるのです。その素敵な夢想は、シュンに、飢えさえも一時は忘れさせてくれました。


シュンの夢を叶える機会は、けれど、なかなか訪れませんでした。

いちばん手っ取り早く その夢を叶えようと思ったら、彼の飼っている家畜を襲えばいいのだということは、シュンにもわかっていました。
けれども、シュンは、自分の血に濡れた牙や爪を、彼に見られたくありませんでした。
シュンは、できることなら、彼の飼っている羊の命を危険にさらさずに、そして、彼に憎まれずに、ただ危険で醜い動物だからという理由で、彼に殺されたかったのです。






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