「毎日毎日こんなでさぁ……」
いつまで経っても終わりそうにない氷河と瞬の熾烈で低次元な争いの横で、星矢がうんざりした顔になる。
ただ一日の休みも与えられずに、毎日こんな言い争いを聞かされていたら、星矢でなくても、げんなりしてくるのは当然のことだった。

そんな星矢に心から同情したような視線を向けながら、紫龍が、慰めにもならない慰めを口にする。
「いや、しかし、先週の『バナナはおやつに入るんですか』は、結構面白かったじゃないか」
「ああ、あれなー……」
先週のバトルの内容を思い出して、星矢は、ますますげんなりした顔になった。

先週の今日も、もちろん、氷河と瞬は喧嘩をしていた。
先週の昨日も先週の明日も、氷河と瞬は喧嘩をしていた。
先週の明日か昨日か今日か──そのあたりのどの日かに行われた二人の喧嘩のテーマが、それだったのである。

『バナナはおやつに入るんですか』

有史以来、日本中の生徒・学生・教師たちが、激烈な討論を続けてきたこの問題に関して、氷河は、

「おやつは500円まで、と言うだろう。あれは、子供の無駄使い防止とレクリエーション費用の家計への負担防止を考慮した制限だ。だから、家に既にあるものなら、バナナだろうがリンゴだろうが、500円の制限内にカウントしなくていい。よって、バナナはおやつに入らない」

──と主張し、瞬は、

「そうじゃないでしょ。おやつは500円までっていう制限は、食べ過ぎ防止のためのお約束なんだよ。遠足行った先で、食べ過ぎでおなか壊したりしたりなんかしたら、その生徒も引率の先生も一緒に行った友達も困るじゃない。だから、当然、バナナはおやつの中に含まれると考えるべきなんだ。おやつ500円の中に含まれないからって、バナナを10本も持ってくる子がいたらどうするの!」

──と言い張った。


「二人とも、実に興味深い論陣を張っていたな。もっとも……自分たちが遠足に行くわけでもないのに、どうしてあそこまで熱くなれるのか、俺にはさっぱりわからなかったが」
「今時、『おやつは500円まで』なんて学校もないよなぁ。星の子学園だって1000円までOKだぜ」
これは、そういう問題ではない。

無論、そういう問題ではないことは、一応、星矢もわかっていた。
「なんだかなぁ……。ガキの頃は仲良かったじゃん、あの二人。それがなんでこんなに険悪な仲になっちまったんだろ」
「さて……」

残念なことに、紫龍もその原因は知らなかった。
いつのまにか──そして、ある日突然──氷河と瞬は、まるで自分たちの人生の目的を見付けたと言わんばかりの勢いで、事あるごとに反発し合う仲になってしまったのである。

「バナナや目玉焼きのうちはいいけどさ、そのうち敵と闘ってる真っ最中に、『この敵を倒すのは是か非か』なーんて論争始めそうでヤなんだよな、俺」
「氷河と瞬ならやりかねない」
「だろ〜」
そうなったら、その論争は、氷河と瞬の命取りにもなりかねない。
地上に大混乱を招く可能性もないとは言えない。
なにしろアテナの聖闘士たちの職場環境は、他のどんな職業のそれよりも、苛酷で、熾烈で、“ああ無情”なのだ。

星矢と紫龍のそんな憂いをよそに、しかし、氷河と瞬のバトルは加熱の一途を辿っていた。

「山に行くのなら、僕は行かないからね! ここで留守番してる! どうぞ、氷河たちだけで楽しんできてください!」
「海に行くのなら、俺は行かないぞ。その時には、俺が留守番だ」
「真似しないでよっ!」
「おまえのレベルに合わせてやったんだ」
「僕が低レベルだって言いたいのっ !? 」
「言わないさ。そんなことを言ったら、おまえは、『低レベルと言う方が低レベルなんだ』とかなんとか、お約束なことを言いだすに決まってる」
「氷河、様式美ってものを知らないんだね! 馬鹿って言う方が馬鹿、低レベルって言う方が低レベルって言い返すのは、いわば、日本人としての礼儀だよ!」
「それは初耳だ。西暦何年の何月何日何時何分何秒に、そんなことが決まったんだ」

氷河が、その場に別の様式美を持ち出し、瞬は、彼の持ち出した喧嘩の様式美に声を詰まらせた。
そして続く、苛烈な睨み合い。
今の氷河と瞬なら、視線で黄金聖闘士をも殺せそうだった。


「──ったく、これがアテナの聖闘士のバトルかよ。小学生だってもう少しレベルの高い喧嘩するだろ」
視線の千日戦争に突入した二人の横で、地上の平和と安寧を守るために存在するアテナの聖闘士の為体ていたらくに呆れ果て、星矢はがっくりと両の肩を落としてしまったのだった。






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