「とにかく、あの二人を仲直りさせなきゃ、話になんねーぜ。海に行くことになっても、山に行くことになっても、氷河と瞬のどっちかが欠けてたら、せっかくの夏休みも心置きなく楽しめないじゃん」 個人面談の不首尾を報告し合った星矢と紫龍は、改めて、アテナの聖闘士たちが“楽しい夏休み”を手に入れることの困難を思い知ることになった。 しかも、打開策は、依然として思いつかない。 「だが、氷河と瞬は、どうあっても自分の意見を譲る気はないようだぞ。まして、あの二人を仲良くさせるというのは、太陽を西から昇らせるようなものだ」 太陽は東から昇ると瞬が言えば、氷河は平気で西から昇ると言い始めることだろう。 ついつい そんなことを考えてしまった星矢が、更に疲れた顔になる。 「俺はさ、日頃の憂さを忘れてさ、心の底から夏を楽しみたいんだよ! 普段、あっちの敵こっちの敵って、休む間もなく闘い続けてさ! 死にかけたり、再起不能に陥ったり、人事不省に廃人寸前にまでなって、やっと手に入れた夏休みなんだ! 海に行くなら、瞬とビーチバレーして、氷河にアイスクリーム冷やしてもらって! 山に行くなら、みんなでカレー作って、キャンプファイヤーして! それが夏休みってもんだろ! マイムマイム踊るには、人数多い方がいいに決まってるんだよ!」 星矢の訴えは、ほとんど怒声に近い悲鳴だった。 「星矢……」 世界のセレブが集まるニースの浜辺、ありきたりと言われようとやはり魅力的なハワイの夕暮れ、あるいは豪華客船でのクルージング、ちょっと目先を変えた南極ツアー。 グラード財団総帥であるところの沙織に言えば、アテナの聖闘士たちは、どんな豪華なバカンスを楽しむこともできるだろう。 しかし、星矢にはその発想がない。 星矢はそんな贅沢を望んではいないのだ。 彼は、ごくごくささやかに、仲間たちと過ごす楽しい夏の日を望んでいるだけなのである。 紫龍は、どこまでも無産階級気質な星矢が哀れで、思わず目頭が熱くなってしまったのである。 星矢の小さな望みが叶えられない理不尽はあってはならないことだと、彼は思った。 が、それはそれとして。 「いや。まかり間違って一輝も参加することになったとしても、総勢5人で踊るマイムマイムには悲しいものがあると思うぞ」 「俺と紫龍と氷河の3人でマイムマイム踊るよりマシだっ!」 星矢はあくまでもマイムマイムにこだわる。 キャンプファイヤーにはマイムマイムがつきものと、星矢は固く信じているようだった。 星矢のそういう庶民的発想に、紫龍の胸は更に痛んだ。 何としても、仲間全員で過ごす楽しい夏休みを、星矢のために手に入れてやらなければならない。 紫龍は、そして、新たなる氷河と瞬の攻略方法を考え出した。 「もう一度、当たってみるか。氷河はともかく、瞬なら説得できるだろう」 「えっ、何かいい方法あんのかっ」 気負い込んで尋ねてくる星矢に、紫龍がおもむろに頷く。 「おまえが、今言ったことを瞬の前で言って、盛大に泣いてみせればいい」 「泣き落としかよ〜」 星矢は紫龍の考案した瞬攻略方法を聞いて、部屋中に情けない声を響き渡らせた。 それではまるで、瞬にネビュラストームを仕掛けるようなものではないか。 瞬の必殺技は、果たして瞬に効くのだろうかと星矢は懸念したのだが、他にいい手も思い浮かばない。 かくして星矢は、右手に目薬を握りしめ、楽しい夏休みを手にいれるため、決死の覚悟で瞬の部屋に向かったのだった。 |