昨年竣工なったばかりのインテリジェントビルの50階からの眺めは、格別だった。
都心のビル街を眼下に見下ろし、はるか向こうには南アルプスの山々と富士山を臨むことができる。

アネモス・プランニング社の一社員であるところの後藤某は、しかし、そんな雄大な遠景より、自分のいる場所からほんの10メートル離れたところにある、一つのドアだけを気にしていた。

ちなみに、後藤が籍を置くアネモス・プランニング社は、企業のマーケティングから、地域振興計画・コンベンション・イベント企画の策定と実施・支援、各種情報の調査分析までを総合的にこなすトータル・プランニング企業である。
業界内では中堅規模の会社だが、社員一人当たりの生産性と利潤では業界トップクラスの超優良企業。
設立からわずか4年しか経っていないが、そのプランニングの内容と成果には定評があり、仕事の質を重視する社長が、事業の拡大を図っていないせいもあって、最近では、クライアントの方がプランニングの予約を求めて待ち行列を作るという逆転現象さえ起こしていた。


「あのドアの向こうで、たった今、ウチのライバル社がプレゼンしてるわけですか。煽ってるとしか思えないっすね、先輩」
「まあ、普通はライバル会社がかちあわないようにするもんだが……うん、やはり煽っているんだろうな」

後藤のぼやきに答えたのは、彼の4年先輩である先崎某。
アネモス・プランニング創設時メンバーの一人で、今回のプレゼンテーションの総括責任者という立場に立っていた。
責任者とは言っても、先日やっと35になったばかりで、この業界では十分に若手の部類である。
社員が30名そこそこ、社長が20代半ばの企業で、それでも先崎は最年長社員だった。

「でも、我々のプランニングは完璧っすよね。着眼点は奇抜なのに緻密な企画。ウチのボスは、可愛い顔して、超やり手。プレゼンさえ完璧にこなせば、このプロジェクトも我々のもんでしょ」
手伝い程度にしか関わっていない企画の内容を、自分の手柄のように得意げに誇ってみせてから、後藤は、声のボリュームが大きすぎたかと慌てて、ちらりと彼のボス──アネモス・プランニング社社長の顔を盗み見た。

ラウンジを兼ねたホールの応接セットの肘掛椅子に腰掛けて、彼のボスは分厚い資料のファイルに目を通していた。
小柄で、女顔というより童顔のボスは、落ち着き払った様子をしていて、ライバル社のプレゼン終了を待たされていることに、苛立っている様は見せていない。

無論、情報を集め、プレゼンテーション用の資料を作る作業は彼の部下が行なうのだが、アネモス・プランニング社で企画の原案を出すのは、その瞳が大きすぎるせいで、対峙する相手に大人という印象も切れ者という印象も与えない、この歳若い社長だった。
それが、ことごとく大当たりする。
後藤が入社したこの春から、彼のボスの企画が他社に劣ると判断され、採用されなかったことは一度としてなく、常勝のボスの下で、後藤も負け知らず。
彼が勝利を確信して大言壮語するのも、当然といえば当然のことだったのである。

そんな後藤に、先輩である先崎が、少々渋い顔を向ける。
「おまえ、この春入社したばかりだったな。今、あの会議室の中でプレゼンしているのが、どこのチームか、知っているのか?」
「へ? いえ、そこまでは知らないっすが」
院の経済学研究科を卒業し、アネモス・プランニング社に入社して3ヶ月と数日、後藤はまだまだデータ収集と資料作成に奔走するのが精一杯の新入りだった。
今回、ここに連れてこられたのも、プレゼン現場でのノウハウ研修のため──と言えば聞こえはいいが、要するにプレゼン用機材の操作が、彼に割り当てられた仕事だったのだ。

「キオーン・プランニングご一行様だ。住本商事と組んでる」
「住本ですか。我がアネモス・プランニングが組んでる六井商事とは、グループ総売上で毎年1、2位を争っている総合商社っすね」
一応、それくらいは知っているとアピールするためか、後藤のセリフが少々説明的になる。

先崎は、そんな後輩に顎をしゃくるようにして頷いた。
「おそらく、今回のコンペにおける、我が社の最大のライバルにして、最大の障害だ。いや、今回に限ったことじゃないが──」
先崎がそう言いかけた時だった。
問題のドアが静かに開き、そこから4、5人の背広姿の男たちが出てきたのは。






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