「なななななんなんすか! いくら同じコンペに名乗りをあげているライバル会社同士つっても、この険悪さは只事じゃないっすよ!」

ライバル社の面々が50階まであがってきたエレベーターの中に乗り込み、そのドアが閉じられた途端、緊張していた 場の空気がふっと緩む。
同時に、後藤の口も、緊迫した空気の重圧から解放された──らしかった。

「知らなかったのか、新入り」
後藤が広いホールに素頓狂な声を響かせたのは、いつもは人当たりのやわらかい自分のボスの豹変ぶりに動転したせいもあったろう。
先輩の先崎は、この気の毒な後輩を訳知り顔で横目に見やった。

「ウチのボスと、キオーン・プランニングのボスは──城戸氷河と言うんだが──まあ、宿命のライバルみたいなもんなんだ。あ、ウチのボスと苗字が同じだが血縁じゃないぞ」
『一応言っておくと、ウチのボスの名前は城戸瞬だ』と、付け足しのように言った先崎に、後藤は小刻みに頷き返した。

「宿命のライバルっつーと、花形満と星飛雄馬や、矢吹ジョーと力石徹みたいなヤツすか?」
「……おまえ、ほんとに、今年 院を卒業したばかりの24歳か?」
随分と古い例を持ち出された先崎が、少し呆れた顔になる。

「だが、まあ、そんなもんかな。二人ともずっと海外で暮らしていた──いわゆる帰国子女ってヤツで、同じ大学卒で同期。氷河がハーバード・ビジネス・スクールを主席で卒業した年に、ウチのボスが次席で卒業してる。ただし、ウチのボスの方が1歳年下。学生の頃には同じシンクタンクに在籍していたこともあったらしい」

「ふえ〜。二人共、筋金入りのエリートっすね」
初めて聞いた自社の社長の経歴に、後藤は気の抜けた溜め息を漏らすことしかできなかった。
後藤とて、名を挙げれば国内に知らない者はいない大学の修士課程を終えているのだが、ハーバードにはさすがに太刀打ちできない。

「卒業後、ウチのボスは故国に戻ってきたんだが、氷河までが、その後を追って日本にやってきたのは、宿命のライバルとの決着をつけるためというのが専らの噂だ。奴が住本を選んだのも、ウチのボスが六井と組んだせいだと言われてるしな」
「ウチのボスも、ずいぶん見込まれたもんすね」

「ボスにしてみれば、いい迷惑だろうがな。氷河は企画の質のムラが大きくて、取引額の小さい企画では、あまり気を入れてこない。しかし、今回くらい大きな取り引きとなると、あちらさんも全力で来る。今回のコンペは、これまでのように楽勝はできない。かなり厳しい戦いになるからな。おまえも覚悟しとけ」
「は……はいっ!」

余裕綽々状態から一転、後藤は相当の緊張感を抱いてプレゼンに挑むことになった。
もっとも、機材の操作だけが任務の彼には、大きな失敗をしでかすことができるわけもなく、プレゼンそのものは予定通りに進み、終わった。
ゴッドファーザーのような貫禄を蓄えたクライアントの新社長も、プレゼンテーションの内容には至極満足したようで、瞬への質問も通り一遍のものではなく、かなり立ち入った次元にまで及んだものだった。
某ライバル社の存在さえなかったら、誰もが決まり・・・と判断していたことだろう。






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