そのインテリジェントビルの1階では、エントランスホールを囲むようにして、ティーラウンジが展開されていた。
待ち合わせがしやすいように設計されているのだろう、エントランスホールとティーラウンジの間は総ガラスの壁で隔てられており、後藤たちがいる席からは、ビル内のオフィスに勤める社員たちが帰宅のために上の階から降りてくる姿が散見できる。

午後5時に退社できる会社員というものが、この世には本当に存在するらしい。
後藤は、その光景に、ある種の感動を覚えていた。

そこに、『9 to 5』などという慣用句には全く縁のない人間の声が、響いてくる。
「後日改めて、決選投票があるかもしれないね。他社を除いて、氷河と僕の──あ、キオーン・プランニングとウチの」

今回のプレゼンに同道したメンバーが、ボスに同感の相槌を打つ様を末席から眺めながら、後藤は先崎に小声で尋ねた。
「でも、そんな昔からの知り合いなら、対抗し合わずに協力し合えばいいのに──と思う俺は、変なんすかね?」
「二人とも、一国一城の主でいたいんじゃないのか。あれだけの才能があれば」
「それはそうかもしれないすけど……」

キオーン・プランニングの社長は、仕事に──おそらく、気分にも──ムラのあるタイプという話だった。
繊細で緻密なパートナーと組めば、より充実した仕事ができるようになるのではないかと、後藤は素朴に思ったのである。
ふと思いついた一平社員の意見など、もちろん後藤は口にはできなかったが。

発言したところで、一笑に付されていただろう。
彼のボスは、全く別のことを気にしているようだった。
「氷河の言っていた『あの件』というのが気になる」
「瞬にだけは絶対に知らせ──あ、いえ、ボスにだけは絶対に知らせるなとか言ってましたね。  搦め手から来られたのでは敵わないとか何とか」

説明する手間が省けたためか、先崎の耳聡さに満足したように、瞬は頷いた。
「明日から、クライアントのプライベートや関連会社の情報収集に努めてほしい」
「了解しました」

先崎の答えを確認してから、瞬は、腕の時計に視線を落とした。
夕方の5時過ぎ。
ビルの外ではまだ、日中と変わらないほどに眩しい光が撥ねている。
瞬は、今回のプレゼンのメンバー5人の顔を一渡り眺めてから、口を開いた。

「今日は、ここで解散。たまには明るいうちに帰るのもいいでしょう? これまで準備を頑張ってくれてありがとう。明日からまた大変になると思うから、少しでも休んで英気を養っておいて」
にっこりと微笑み、やわらかい口調で部下をねぎらい──それから、瞬は、低い声で本音を呟いた。

「とにかく──」






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