ともあれ、そんなふうな飲み話を延々5時間以上、後藤と先崎は続けることになった。
10万以上するワインをオーダーしたのは、正解だったらしい。
長尻の客に、ワイン・バーの店主は嫌な顔ひとつ見せなかった。
しかし、さすがに、5時間も飲み語らい続けていると、仕事の話題も尽きてくる。

「おまえ、彼女いるの」
二人の話は、結局そういう次元に進むことになった。
問われた後藤が、小さく肩をすくめる。
「学生時代から付き合ってる子がいるんすけど、最近、仕事にかまけて放っといたからなぁ……。こないだ電話で喧嘩したばっかです。そんなに仕事が好きなら、可愛い子ちゃんのボスと結婚でも何でもすればいいとか何とか言われたっす」

「できるものならしたいとこだが」
苦笑しながらそう言った先崎に、後藤が大きく頷いてみせる。
「可愛いっすよね、ウチのボス!」

身を乗り出し、気負い込んで言い募る後藤に、先崎は眉をしかめた。
先崎は、一応、冗談のつもりで、それを言ったのだ。
「おまえ、それ、アブない」
「そうすか? でも、ウチのメンバー、みんな、そういうとこあるでしょ。ボスのためなら、えーんやこーら、って。先崎先輩もそうじゃないすか?」

またしても何やら死語に近い古い言い回しをされて、先崎は自分の後輩の歳を疑う顔になった。
しかし、後藤は、先輩社員のそんな態度など気にもとめない。
「自分の損得じゃないんすよ。封建時代の殿様への忠義心みたいなもんす。可愛い若様が必死で頑張ってるから、家臣団も一致団結・一心不乱。少なくとも、残業手当のために頑張ってるわけじゃないっすよね、ウチのメンバーは」

「…………」
先崎にも、それは否定できない。
否定はできないが、奨励することもできなかった。
「まあ、ボスへの忠義立ても、彼女に愛想を尽かされない程度にな」
「そうすね」
素直な後輩は、先輩の助言をれて、仲違い中の彼女にフォローのメールを打とうとし、そして、背広の内ポケットにあるはずの携帯電話がないことに気付いた。
どうやら、プレゼンのために社を出た時、オフィスに忘れてきたものらしい。

「どうせ明日には会社に行くんだから」
という先崎の言葉に、
「あれが側にないと不安なんすー」
と、これだけは今時の若者らしいセリフを吐いて、後藤はワイン・バーを出た。






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