「仕事に生きる男かぁ……」
エレベーターを1階で降りた後藤は、夜のオフィスビルのホールで一人ごちた。
『仕事に生きる男の子・・・に見えるけど』という言葉を、他人に聞かれる心配はないというのに、慌てて喉の奥に押しやる。

いずれにしても、上司が部下以上に勤勉だという事実は、部下に良くない感情を抱かせるものではない。
他に通る者のいない廊下を、幾分軽い足取りで、後藤は通用口に向かって歩き出した。

「ウチのボス、地下の駐車場に直接下りるそうっす。12階、閉めていいっすよ」
警備員に声をかけて、後藤はビルを出た。
深夜の都心の空には、数えることができるほどの数の星が瞬いている。

終電に間に合うか、あるいはタクシーを拾った方が確実かと、夏の夜空の下で彼が迷い始めた時だった。
黒塗りのベンツが徐行スピードで後藤の脇をすり抜け、彼が出てきたばかりのオフィスビルの地下駐車場に入っていったのは。

この時刻にビルから出るならともかく入っていく乗用車は、そうあるものではないが、決してないものでもない。
故に、後藤の気を引いたのは、その車の進行方向ではなく、その車を運転している男の方だった。
ドライバーが金色の髪をしていた──ように見えたのだ。

「今の車、まさか……」
嫌な予感を覚えて、後藤はベンツの後を追いかけた。
そして、彼は、他にほとんど車のない地下駐車場で、“嫌な予感”が現実のものになっている現場を目撃することになってしまったのである。


「瞬」
「氷河……?」
「昼間は、部下の前で言いたいことを言ってくれたな。今日こそは付き合ってもらうぞ」
「僕、忙しいんです。遠慮します」

車の出入り口以外に窓一つない駐車場に、二人の企画会社社長のやりとりが、木霊同士の会話のように響いている。
後藤が急いで声のする方に駆け寄ろうとした時には既に、彼の中学生のような顔をしたボスは、ライバル社のボスの車の中に押し込められてしまっていた。

そして、その車は、後藤を嘲笑うように彼の脇をすり抜けて、夜の駐車場を出ていってしまったのである。






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