「せせせせ先輩っ! ボスが──ボスが、あの金髪男に誘拐されましたっ!」
「なにぃ !? 」

後藤が真っ先に連絡を入れたのは、彼の先輩である先崎の携帯電話だった。
先崎は、ちょうど自宅の最寄り駅の改札を抜けたところだったらしい。電話の向こうから、駅の出入り口閉鎖のアナウンスが微かに聞こえてくる。

「どどどどどーすりゃいいんすかっ !? 」
「どーすりゃいいかって……それこそ、ボスの携帯に電話して、ボスの居場所と安否を確認しろ!」
「俺、ボスの電話番号知らないっすー」
思いがけない事態に、さすがに慌てた口調で怒鳴り声をあげる先崎に、後藤が悲しげに答える。
先崎は、電話に向かって忌々しげに舌打ちをした。

「いったん、これを切るぞ。俺がかけてみる」
「あ、ボスの番号、あとで俺にも教えてくださいー」
「おまえなぁ……」

言いたいことは多々あったのだが、今はそんなことをしている場合ではない。
先崎は後藤との通話を切ると、瞬の携帯電話へのコールを試みた。
電話から聞こえてきたのは、しかし、残念なことに、留守番サービスセンターのアナウンスの声だった。


「け……警察に行った方がいいっすよね……?」
「成人した大人が二人、車に乗って出ていったというだけのことで、警察が動いてくれるわけがないだろう」
「でも、誘拐犯はボスの宿命のライバルっすよ! 拉致監禁して、拷問して、仕事の秘密を吐けとか言って脅さないって保証はないっす。顔や頭で負けてなくても、ウチのボスじゃ、腕力で負けるっすよ……!」
再度かけた電話の向こうでは、仕事熱心で頼りない新米社員が、おろおろしているばかりである。

「ボスのマンションに──いや、さらわれたのなら、氷河の家の方か。そっちにまわれ!」
「敵のボスの自宅なんか知らないっすー!」
「社に戻れ! 資料室に紳士録があるはずだ。ネットも使えるかもしれない。俺も今すぐ、タクシーでそっちに戻る!」
「早く来てくださいよ〜」
「情けない声を出すな!」

心細そうな悲鳴をあげる後輩に喝を入れて、先崎は深夜のタクシー乗り場に急行した。






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