『次のプレゼンには、どういう手で来るつもりだ?』
『氷河、焼きがまわったの? 僕から仕事の情報を得ようだなんて』
『素直に言うとは思っていないが、言わないと、どうなるか……』
『どうなるの』
『……いい加減に、こんな馬鹿な真似はやめたらどうだ? 俺のところに来て、のんびり俺の秘書でもやっていればいいんだ。こんな夜中まで会社に閉じこもっていて、何が楽しい』
『氷河だって、似たような生活をしてるんでしょう? そんな話を続けるつもりなら、僕は帰ります』
『帰れると思っているのか』
『帰ります。僕は忙しいんだって、何度も言ったでしょう』
『相変わらず、鼻っ柱の強い……。いいか。こんな細い腕、俺がその気になったら、簡単にへし折ることができるんだぞ』
『できるものなら、やってみれば──んっ!』


先崎の携帯電話に残った録音記録は、そこで途切れていた。
そこで、瞬の携帯電話の電源ボタンがオフになってしまったらしい。
そもそもそれが、瞬からのSOSだったのか、あるいは、何かの弾みで、瞬の携帯電話の最新着信履歴への返信のスイッチが入ってしまっただけなのかすら、先崎にはわからなかった。

「やややややややややっぱり、警察にー!」
いったん閉鎖したフロアを開けさせ、他に誰もいないオフィスで先崎の到着を1時間以上待たされたあげく、瞬と敵方のボスのそんなやりとりを聞かされてしまった後藤は、ほとんどパニック状態だった。

さすがに一回り分の年の功がある先崎は、後輩と一緒に慌てることはせず、オフィスに着くなり、インターネットに接続したパソコンで氷河の自宅住所の検索作業に挑み始めた。
あいにくと、紳士録の方には、氷河の会社の住所しか掲載されていなかったのである。

「わかった、千代田区一番町のマンションだ」
先崎が氷河の自宅住所を探し当てたのは、彼がオフィスに到着してから2時間後。
ひところより、ネット上の個人情報のセキュリティは強固になっていたが、企業の代表取締役社長という敵のボスの地位が、今回ばかりは幸いした。

かくして、先崎と後藤は、取るものも取りあえずにオフィスを飛び出し、目的地に向かってタクシーを走らせることになったのである。






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