瞬が確保したホテルの小会議室には飲み物や軽食の準備もされていたのだが、それに手をつけるものは誰もいなかった。
収容人数10名ほどの会議室のテーブルに着いているのは、瞬と瞬の2人の部下、そして、瞬の宿命のライバル──という、奇妙な顔合わせの4人。

最初に口を開いたのは、当然のことながら、瞬だった。
「あのね。すごく言いにくいことなんだけど……。僕と氷河は恋人同士なの。もう10年以上になるかな」
「は?」
「俺たちは──それこそ瞬が中学生くらいの歳には、もうデキてたな」
「氷河、その言い方、どうにかして」

瞬のクレームに、氷河は即座に対応した。
「刑法第176条。13歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いて猥褻な行為をした者は、6月以上7年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し、猥褻な行為をした者も、同様とする──要するに、同意があればぎりぎりで違法にならない年齢から、俺と瞬はずっと熱烈に愛し合ってきた」
そこまで言ってから、氷河は、皮肉げに唇の端を歪めた。
「──とでも言えばいいのか?」

氷河は事態の収拾に協力する気がないらしいことを見てとった瞬が、少し怒ったような顔を作って、彼を睨む。
それから瞬は、氷河を完全なオブザバー扱いにすることにして、自分の2人の部下に向き直った。

「僕と氷河は──色々事情があって、日本の普通教育は受けられなかったんだ。それで、ヨーロッパとアメリカの学校で日本でも通じそうな資格を取って帰国したの。ハーバード大卒って言えば、大抵の人は感心はしても詮索はしなくて──」
「そ……そりゃまあ、俺なんかは、恐れ入るしかないすけど」

ここまできても、ほとんど事情が飲み込めていない後藤としては、当たり障りのない相槌を打つことしかできなかった。
とはいえ、宿命のライバルであるはずの2人が、実は10年越しの恋人同士だったと言われても、『そうだったんですかー』で済ますこともできない。
これまでの2人の 剥き出しのライバル意識は何だったのかと、後藤は困惑することしかできずにいた。

「……ただの学歴だけどね。日本ではまだ、それがものを言うところがあるみたいで……。うん、とにかく、無事に肩書きを手に入れて、帰国して、いざ一人の社会人として生きていこうとした時に、氷河が馬鹿なことを言い出して──」

「俺は、おまえに、贅沢をさせてやるから俺のものになれと言っただけだぞ。そうしたら、おまえが急に怒り出したんじゃないか」
「まるで、囲ってやるっていうみたいな言い方するからだよ」
「“みたい”じゃない。実際、俺はおまえを俺の囲い者にしようとしたんだ」
「もっと悪い!」

瞬は声をあげて氷河を叱責したが、瞬が氷河を睨みつけるその目には、嫌悪や憎悪の色が全くなかった。
それで後藤は、やっと理解したのである。
氷河と瞬の強烈な対抗意識は、要するに壮大な痴話喧嘩だったのだ──と。

「このホテルのオーナーが──グラード財団の総帥が、僕たちの後見人なんだけど、僕と氷河は彼女に出資してもらって、それぞれの会社を設立して──」
「俺は、瞬の会社を潰して、瞬を俺の囲い者にするべく、刻苦勉励しているというわけだ。健気な恋心だろう?」

「…………」
「…………」
そう言われても、残念ながら、後藤と先崎は、氷河の傍迷惑な恋心に感心できる立場にはいなかった。






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