「そ……そんなことのために、ボスは毎日仕事に追われてるんすか? そんで、俺たちは、ボスの恋に振り回されてるってことっすか?」 衝撃の事実を聞かされた後藤が、何とか口がきけるところまで回復するのには、かなりの時間を要した。 その口調には、非難の色がないでもない。 当然だろう。 身を粉にして働いているボスを支えるべく、粉骨砕身 仕事に打ち込んできたというのに、当のボスは実は恋にうつつを抜かしていたという事実を知らされてしまった部下としては。 「僕は──」 そう言ったきり、答えに窮してしまった瞬の代わりに、氷河が脇から口を挟んでくる。 「瞬は、今のところ、俺より仕事の方が好きらしいぞ。プライベートで会ったのは、夕べが、なんと2ヶ月振りだ。おまけに、どんなに可愛がってやっても、業務上の情報は漏らさないし──」 「そ……それは、氷河もでしょ。僕には、彼等のボスとしての責任があるんだから!」 氷河がフォローを入れようとしてくれているのか、あるいは事態をジョークに紛らそうとしているのかを判断しかねた瞬は、とりあえず、氷河への反駁を試みた。 「おまえが2ヶ月振りに、俺の誘いに乗ってきたのは、“あの件”を探り出すためか」 「僕は、そんなこと期待して、氷河のベッドに入ったわけじゃありません!」 10年来の恋人にして宿命のライバルである氷河が、何を狙ってそんなことを言うのかも、瞬にはわからなかった。 ただ、氷河が、瞬の立場を悪くするためにそんなことを言い出したのかもしれないという疑いだけは、瞬は抱かなかった。 「教えてやろうか?」 「……氷河?」 「おまえに知られると、俺の立場が著しく不利になる情報」 「僕は、自分で──」 瞬は慌てて氷河の言葉を遮ろうとしたのだが、それより先に氷河は、問題の“情報”を口にしてしまっていた。 「あのカナダから来た新社長はな、可愛くて綺麗な男の子が大好きなんだよ。そっちの方で、おまえに対抗されたら、俺に勝ち目はない」 氷河が漏洩してくれた“情報”に、それまでの困惑を一瞬忘れて、瞬はあっけにとられた。 が、すぐに我に返って反駁する。 「僕は、そんな姑息な手段は……!」 「それはわかってはいるが、おまえがあのヒヒジジイに無理強いされないとも限らないじゃないか。だから、俺は──」 「心配して来てくれたんだったの……? 2ヶ月振りに?」 「ふん」 少しく意地を張ったような顔になって、氷河が横を向く。 その横顔を見ているうちに、瞬は、今ここにいる氷河は、自分の宿命のライバルとしての氷河ではなく、10年来の恋人としての氷河の方なのだということに気付いた。 そして、瞬は、なぜ氷河が、ライバル会社の社長としてではなく、自分の恋人として、ここにいるのかということを理解した。 一度しっかりと唇を引き結んでから、瞬は、彼の2人の部下に向き直った。 そして、言った。 「確かに……僕が自分の会社を立ち上げたのは、氷河の侮蔑的な要請に対抗してのことだったし、それで君たちが、僕の私事に振り回されていると感じるのは仕方のないことかもしれない。僕は仕事が好きだけど、僕がいちばん大切に思ってるのは、仕事じゃなくて氷河だってことは事実だよ。もし、僕がこの仕事を続けることで、氷河に何か不都合が生じるっていうのなら、僕はすぐに仕事なんかやめると思う。でも──」 氷河は、彼自身が仕事に精を出している理由を、瞬に伝えるために、そんなことを言い出したのだ。 「でも、それは、僕だけのことじゃないでしょう? 仕事をする目的が仕事そのものの人なんていないと思うし、もしそうだったりしたら、それはとんでもない間違いだと思う。人が仕事をするのは、生活のためだったり、家族のためだったり、社会の一員としての役目を果たすためだったり──仕事自体が楽しくてならないのなら、自分自身の達成感と充実感のためだったりする。その目的を見失いさえしなければ、仕事に追われてるなんて感じることもないはずだし、どこまで頑張っていいのかも、自ずからわかってくるはずで──」 そして、瞬のその“理由”は何なのかと問うために。 「僕は、仕事に追われてるんじゃない。氷河を追ってるの。だから、多少の無理もするし──頑張れるんだ。僕は、それが、君たちに負い目を感じなければならないことだとは思わない」 瞬が仕事の鬼でいる理由は |