瞬の“理由”に喜び、今夜はこのホテルにダブルの部屋をとると宣言した氷河に追い払われるようにして、後藤と先崎はそのホテルを出ることになった。 ライバル社の社長に 「こーゆーのもあり、なんすかね〜。素直に普通に仲良くしてればいいのに、エリートさんの考えることは、俺みたいな凡人にはまるっきりわかんないっすよ」 空には、昨夜と同じ星が、昨夜と同じように瞬いている。 夏の夜空を仰ぎ見ながら、後藤は、少しヤケ気味に本音を呟いた。 「なんか……失恋した気分っす」 「仕事をする気が失せたか?」 「とんでもない。俺ぁ、今まで以上に頑張るっすよ! ボスがあんな毛唐の囲い者になってるとこなんて見たくないすから。でも──」 「でも?」 「その前に、彼女にメール入れときます。ボスの話を聞いて、初心を思い出しましたよ。この就職難に、俺が頑張って就職したのは、自分で稼いだ金で車買って、彼女とドライブ行きたかったからだったんですよね」 突然マトモな言葉使いになった後輩に、先崎は苦笑しながら頷いた。 「俺もそうするか」 「えっ !? 先輩にも彼女いるんすか !? 」 「いちゃ悪いか」 「い……いや、すごくいいことっすけどー……ちょっとびっくりしたっす」 後輩の言葉に不愉快極まりない顔になった先崎の機嫌を取り結ぶために、当の後輩が大袈裟な身振りつきでフォローを開始する。 先崎は、そんな後輩をわざとらしく無視して、彼女に連絡を入れるために、内ポケットから携帯電話を取り出した。 人はなぜ働くのか。 『そこに仕事があるから』──ではないことだけは確かである。 Fin.
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