「なにもんだ、おめぇら」
「どっから湧いて出たんだ」
彼等は、英語で瞬たちに尋ねてきた。

その英語がまた、奇妙だった。
訛りがひどく、イントネーションは極めて下卑ているのに、代名詞や助動詞が格調高い──つまりは、シェイクスピア劇で耳にするような古典的言い回しなのである。
シェイクスピアも、彼が戯曲を発表した当時には下品な作家と言われていたようだが、言葉というものは、時代を経れば、時の洗礼を受け、やがては格調高いアンティークになる。
彼等が21世紀に生きる海賊マニアなのだとしたら、相当の凝り症かつ教養人である。
氷河と瞬の目には、とてもそうは見えなかったが。

瞬たちが乗り込んだ船も小型の帆船で、操帆は機械ではなく人の手で行われるタイプのもののようだった。
無論制御用のコンピュータなど搭載されている様子は全くなく、綺麗でもなく新しくもないが、幽霊船にしては『生きている』印象が強い。
少なくとも、甲板に埃はたまっておらず、帆綱や支え綱に蜘蛛の巣が張っていることもなかった。
どう見ても、それは、3、4世紀前の小型のガレオン船──しかも生きて動いている──だったのだ。

「おい、それ、絹か」
一人の男がそう言って、瞬が身に着けているフレンチ袖のシャツブラウスに手を伸ばしてくる。
シルクサテンの光沢を絹のそれと思ったらしい。
氷河が払いのけようとしたその手を、甲板上の男たちの中では最も貫禄のある40絡みの男が、先に音を立てて叩き落とした。
どうやらこの船の船長らしいその男が、氷河に胡散臭そうな目を向ける。
「妙な格好の奴等だな」
「それは、こっちのセリフだ」

帆船は、ゆっくりと沖に向かっている。
氷河は、徐々にその輪郭をぼやけさせている陸地に視線を走らせ、舌打ちをした。
その横で、瞬が突然、突拍子のないことを口にする。
「今が西暦何年か教えてください」

何を馬鹿なことをと氷河が思う間もなく、瞬の質問よりはるかに常軌を逸した回答が、船長の口から飛び出てきた。
「1692年の6月1日のはずだ。先月の22日に港を出て、10日が過ぎたからな」

「…………」
それが常軌を逸しすぎていたために、氷河は船長の答えを否定する言葉を笑い飛ばすことができなかった。


瞬と氷河は、21世紀のキングストン湾でこの船に乗り込んだ。
だが、この船の暦はそれよりも300年以上も古いらしい。
SFを信奉する輩なら、この事態をタイムスリップと決めつけて大喜びするところだったろうが、SFに興味のない氷河は、当然のことながら、船長の言葉を喜ばなかった。
船長の言葉を、むしろたちの悪い冗談と笑い飛ばそうとした氷河は、だが、彼の隣りにいる瞬の頬がひどく青ざめているのに気付いて、そうするのをやめた。

「瞬、どうした」
「ポート・ロイヤルの町が大地震で海の底に沈んだのって、1692年6月7日なの。時刻は、11時43分」
1692年6月7日と言えば、“今”から6日後である。
「時間までわかってるのか」
「時刻は誤差があると思うけどね。海底の遺跡から、その時刻を指した時計が幾つか見つかってるだけだから」
「ここがポート・ロイヤル沖なのは確かだが、今は21世紀だ」
到底現代人らしくない男たちの様相のせいで、その確信は薄らぎつつあったが、氷河はあえて断言した。

氷河と瞬が『今』についてあれこれ語っている間に、今が1692年だと信じている男たちは、氷河と瞬の身の振り方を勝手に決めようとしていた。
「金持ちそうだな。スペイン人でもオランダ人でもなさそうだが」
「とりあえず、船倉に放り込んでおけ。うまくすれば身代金が取れるかもしれねぇ」

おそらく、そこが清潔かつ快適な船室であることは、万が一にもないだろう。
氷河が船長の決定に物言いをつけようとした時、海賊たちの作る輪のいちばん外側にいた男がヒステリックな悲鳴をあげて、それを遮った。

「人質も何も、こいつらどこから湧いてきたんだよ! ここはどこだよ! ポート・ロイヤルの町はどこに消えちまったんだ!」






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