「町が消えた?」
瞬は既に、心身を半ば以上SFの世界に投じていた。
だから、その水夫の言葉も大いにありえることだと思い、さほど驚くことはなかった。

驚かない瞬を訝ったらしい船長が、瞬に尋ねてくる。
「おめぇら、何か知ってるのか? 俺たちは、金貨を山積みしたスペイン船がカルタヘナの沖を通るって極秘情報を掴んで、10日前にポート・ロイヤルの港を出たんだ。港を出たら急に海が荒れ始めて、磁石が狂い出して、空が真っ暗になりやがってよ。気がついたら、ここにいた。町のあったところには、変な灯りや魔法みてぇに白い塔がおっ立ってて、陸に近付こうとしたら、昼間の灯りみてぇな光の線が俺たちの船を刺してきやがったんだ」

彼等はおそらく、キングストン湾の灯台かジャマイカの沿岸警備隊の船の閃白光に仰天し、それを恐れ、陸に近付くこともならず、この海の上で沖と陸の間を行きつ戻りつしていたのだろう。
彼等の言葉が真実なら、なにしろ彼等は、トーマス・エジソンの電気照明システム発明より200年も昔の時代に生きている人間なのだから。

「氷河……やっぱり、これはSFだよ。ポート・ロイヤルの町を海に沈めた地震の前触れみたいな何かがあったんじゃないかな。それが磁場とか時間軸とかを狂わせて、この船を21世紀にタイムスリップさせたんだ」
瞬は、その心身の5分の4までをSFの世界に浸らせている。
が、あいにく氷河は、瞬ほどには環境順応力に優れていなかった。

「そんな馬鹿げたことが信じられるか。だいいち、俺はSFはウルトラマンしか知らん!」
「でも、考えようによってはね、氷河のダイヤモンド・ダストだってSFだから」
「む……」
瞬のその意見には、氷河も反駁できなかった。
確かに、アテナの聖闘士がSFを否定することは、自分自身の存在を危うくすることである。
氷河は、腹立たしげに深く嘆息し、とりあえずこの現状を認めることにした。

「だとしたら、こいつらは300年前のイギリス海賊というわけか? 俺たちは、どうすればいいんだ」
「300年前に帰してあげるのが筋だと思うけど……。彼等の帰るべき町は、21世紀では海の底にしかないんだし」

17世紀後半、イギリスやフランスは、カリブ海の島々に関心を持ち始め、その植民地化を計っていた。
イギリスはジャマイカ島、フランスはマルティニク島とグァドループ島、オランダはキュラソー島を支配下に置き、それによって、それまで西インド諸島で最大の勢力を誇っていたスペインの弱体化が進むことになる。
イギリスやフランスは、本国の兵士や移住志願者を多数これらの島々に送り込んだのだが、島の貧しい生活に堪えかねた彼等の多くが海賊業に身を投じることになり、その結果として、カリブ海周辺では海賊の数が激増することになったのである。


「おい、俺たちにわかる言葉で話せ」
武器らしい武器も持っていない人質が、海賊船の甲板の中央で、取り巻く海賊たちを恐れるふうもなく優雅なディスカッションを続けていることに、この船の船長は苛立ったらしい。

瞬は、日本語を英語に変え、しかし やはり海賊を恐れる様子は見せずに、船長に尋ねた。
「あなたたちは、イギリス人? ポート・ロイヤルを拠点にしてる海賊なの?」

「俺たちは海賊なんかじゃねえ。ちゃんと、私掠特許状をもらってる私略船だ。見ろ、メアリー2世とウィリアム3世の紋章入りだぞ」
船長がそう言いながら、腹に巻いていた帯の中から取り出したのは、紙面が擦り切れて毛羽立った一枚の“紙切れ”だった。

“私掠特許状”は、海賊によって被った被害を敵国の船を襲って取り戻す権利を記した、国家発行のライセンス──要するに、海賊許可証──である。
船長は、それを、瞬と氷河の鼻先で、得意げにひらひらと揺らしてみせた。
「どうだ。金貨35枚も出して買ったんだ。スペインに捕まりゃあ、そりゃ命はねぇだろうが、スペイン船を襲ってる分には、イギリスからのお咎めは無しだ」

船長が揺らす紙切れを見て、氷河が微かに眉をひそめる。
それに気付かずに、船長は、後生大事そうに その紙片を帯の中に戻した。






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