瞬たちが案内されたのは、薄暗い船倉の端にある一室だった。
船長に瞬たちの世話を命じられた少年が、チェストの上に申し訳程度の麻布を敷いて、即席の寝台を準備してくれる。
使えるのかどうかも怪しかったが、ランプも一つ持ってきてくれた。
下っぱの水夫は床にごろ寝でもしているのであろうから、これは相当の厚遇である。
瞬も氷河も、彼に不満は言えなかった。

「えーと、ジム? 宝島の主人公と同じ名前だね。君、いくつなの」
1883年に発行されたスティーブンスンの『宝島』を、彼が知っているはずがない。
かろうじてまだまっすぐな唇を保っている少年にそう尋ねてから、瞬は自分の迂闊に気付いた。
そういうことをあまり気にかけない質なのか、その少年は、尋ねられたことにだけ答えを返してきた。

「11になったばっかりだ」
「11……!」
知らされた彼の年齢に、瞬は驚きの声をあげた。
数年前に城戸邸に集められた子供たちの境遇も随分なものだったはずなのに、なぜか瞬はそのことは思い出さなかった。

「まだ子供なのに、どうして海賊なんて──」
痛ましそうに尋ねた瞬に、ジムという名の少年は、案外あっけらかんとした口調で答えてきた。
「俺の父ちゃんと母ちゃんは、ここに来れば、すぐに金持ちになれるって言われて、生まれたばっかりの俺を連れて、イギリスからこの島に渡ってきたんだよ。10年くらい前、かな。でも、父ちゃん、ここの気候が身体に合わなかったらしくて、すぐに死んじまってさ。母ちゃんと俺、食うもんも食えなくなって……。この島で金を儲けるったら、海賊になるしかねーだろ? でも、俺、ガキだしさ。港にいた船に密航したのを見つかって、海に放り出されてぷかぷか浮いてたとこを、通りかかったこの船の船長に拾われたんだ」

「…………」
僅か11歳の少年にしては、なかなか壮絶な半生である。
そして、この船の船長は、海賊船の首領にしては、相当に人の好い男のようだった。

「この船にいるのはみんな、そんな奴等ばっかりだよ。海軍の水夫とか、この島で土地持ちになろうとして本国からやってきた小作農とか……。みんな、最初は真面目に働こうとしてた。でも、あの島で真面目にやってちゃ馬鹿を見るだけでさ、すぐに食い物にもありつけなくなっちまう。だから貧乏人は仕方なく海賊になるんだよ」

ジムの明るい口調の訳が、瞬は初めのうちは理解できなかった。
しかし、やがて、その理由が飲み込めてくる。

「みんな、ほんとはすごくいい奴ばっかりだぜ? 甲板長もさ、さっきはあんたたちを殺せなんて言ってたけど、ほんとは人殺しなんてしたことないんだ。絶対本気じゃなかったから、気を悪くしないどいてくれよな」

彼は、よい仲間に恵まれているのだ。
瞬が、瞬の仲間たちのおかげで、自身の不運を不運と考えることがなかったように。
瞬は、少し救われた気持ちになった。


しかし、である。
実際の海賊が、一般的に思われているほど好戦的ではなく、できるなら闘いを避けて金品だけを奪取したいと考える人種だったのは、この船だけに限らない事実だったのだろう。
襲った船の乗組員も、人質として生かしておき身代金を取る方が得策ではある。

だが、人の命を奪ったことのない海賊というものが稀有な存在であることもまた確かな事実のはずだった。
そんなことで海賊稼業が成り立つのだろうかと、瞬は──決して人殺しを奨励するわけではないのだが──怪訝に思った。
むしろ、心配した。
瞬のその心配は、どうやら正鵠を射ていたらしい。

「まあ、そんな奴等ばっかりなんで、スペイン船の襲撃に成功したことなんて、数えるくらいしかないんだよな。たまにうまくいっても、船長たち、港に帰るとすぐに酒とバクチに使っちまうしさ。ポート・ロイヤルの町で金を持ってるのは居酒屋の親父と女将だけってこった」

残虐でない海賊は、海賊の世界でも、やはりうだつのあがらないものらしい。
瞬は、我知らず溜め息を漏らした。
それが何を嘆いての溜め息だったのかは、瞬自身にもよくわからなかったのだが。

「君も……スペイン船を襲ったりするの」
「俺は、スカートはいて楽器鳴らす役なんだ」
「ス……スカート?」
「大きな帽子かぶって、顔は隠すけどさぁ。女が乗ってるように見せかければ、向こうも油断するし、こっちも海賊船と思われずに獲物に近づけるだろ。そのために、バイオリンの音の出し方も覚えたんだぜ」

からりと言ってのけてから、ジムは、僅かに遠慮がちに瞬の顔を覗き込んできた。
そして、言った。
「にーさん、帽子でごまかす必要もないくらい綺麗な顔してるなぁ。神様って、こんな綺麗な顔してるのかなぁ」

しみじみと呟かれた瞬が、その言葉に戸惑い、2、3度 瞬きをする。
「神様に失礼だよ。僕たちはただの人間」
「シュンにヒョーガなんて、天使様の名前でも聞いたことないもんな。ほんと、変な名前。にーさんたちが神様だとしても、きっとよその国の神様で、俺たちにゃ何の救いも──」

ジムの笑顔がにわかに曇り、それから彼は瞬たちの前で顔を伏せた。
「……帰りたい。襲撃に失敗したってさ、これまでは帰る町があった。こんな訳もわかんねぇままで、海の上をふらついてるのは不安でたまんねーよ。今度の襲撃がうまくいったら、今度こそ、島に畑でも買ってまっとうに暮らそうって、みんなで言ってたのに、なんでこんなことになっちまったんだろ……」

気のいい仲間たちがいても、彼は、やはりまだ11歳になったばかりの少年なのだ。
「母ちゃんに会いたい……」

今日初めて知り合ったばかりの少年が、涙声で訴えてくる。
瞬は、彼に何もしてやれない自分の無力に 切なく眉を寄せ、氷河は困惑したように かりかりと頭を掻いた。






【next】