「きっと、大きな地震の前兆で地磁気の乱れがあったんだよ。そのせいで、この船は21世紀に投げ出されることになったんだ。僕たち、彼等を元の世界に戻してあげなきゃ!」

今や、瞬は全身すっかりSFの世界に浸りきっている。
唇の曲がっていない子供の涙を見せられた直後なだけに、氷河も今は、この船がSFの舞台なのだという瞬の見解を否定しきれなかった。

「しかしだな。おまえのSF説が正しかったとしてだ。こっちとあっちの時間の進む速さが同じなら、奴等のポート・ロイヤルは、数日後には海の底に沈むわけだろう? そんなところに帰すくらいだったら、むしろ現代で生きる道を考えてやった方がいいんじゃないか」

いかにも、SFに造詣のない人間らしい発言である。
300年も昔の人間を21世紀で暮らしていけるようにしてはどうかなどという提案は、SF通の人間なら考えもしないことだったろう。
そうすることによって狂いを生じるかもしれない歴史のことなど、だが、SF通ではない氷河にはどうでもいいことだった。

「でも、21世紀で、彼等が生きていけると思う?」
「無理だろうな。文字も読めないような奴等だし」
「え?」
言ったそばから自分の提案を否定してみせる氷河に、瞬が首をかしげる。
その視線の先で、氷河は両の肩をすくめた。

「あの船長が自慢げに見せてくれた紙切れは、私掠特許状じゃない。山羊の狩猟許可証だった。文字が読めないのを侮られて、偽物を掴まされたんだろう」
「そ……それって、どういうこと」
「スペインどころかイギリスの船に捕まっても、奴等は縛り首ということだ。17世紀後半のポート・ロイヤルは、そろそろ海賊の町じゃなく、海賊を捕らえるための軍港になってるはずだぞ」

入国するなり不味いコーヒーを振舞ってくれたカフェにあった観光案内で仕入れた知識を、氷河が披露する。
瞬は、氷河の言葉に瞳を曇らせた。
「縛り首なんて……悪い人たちじゃなさそうなのに」
「お人好しの間抜け揃いだがな」

真夏の海の上に氷の塊りを出現させ、数秒とかけずに人食いザメを捕らえることのできるアテナの聖闘士にも、こればかりはどうすることもできない。
瞬は、それ以上、何かを話す気力も湧いてこなかった。






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