21世紀のカリブ海の上には、星が瞬いていた。 潮の匂いが充満し、小さなランプと狭いベッドが二つあるきりの船室を支配しかけていた沈黙を、ふいに氷河が破る。 「そういや、海賊にはマトロタージュっていう制度があったんだぞ、知ってるか」 「なに、それ?」 出口の見えない場所での沈鬱な沈黙は 息苦しいだけである。 どんなことでもいいから重くない会話が欲しかった瞬は、肩の緊張を少し解いて、氷河に問い返した。 氷河が、意味ありげな目を、瞬に向けてくる。 「フランス語で『水夫の仕事』とか『水夫の給料』という意味なんだが、海賊っていうのは、仲間割れが許されない一つの家族みたいなもんだろう。連帯が大事で裏切りは許されない。だから、船の上では個人で行動することが許されなくて、互いを見張る意味でも、大抵二人一組で行動することになってたんだ。それがマトロタージュ。女性不在の船の上では、互いの性的衝動を解消し合う仲になることが多かったらしい」 「…………」 それは、こんな狭い夜の船室の中で、しかも二人きりでいる時に持ち出されて嬉しい話題ではない。 瞬は、抗議の意を込めて、あからさまに顔をしかめた。 「性的衝動の解消って……そんなのやだ」 「生死を分かち合い、苦楽を共にする仲間同士なんだから、ある意味当然の成り行きとも言えるな。もっとも、この船の連中でそれは考えたくもないが」 ますます顔を苦らせていく瞬を、氷河は諦めにも似た表情を浮かべて見やった。 「で? じゃあ、おまえは、どういうのならいいんだ」 「どういうの……って?」 「好きだと言って、やらせてくれと土下座して頼んでも やらせてもらえない俺としては、どういうのがおまえの好みのシチュエーションなのか知っておきたい」 自分の前に真顔で土下座し、『やらせてくれ』と言ってくる男の行動を、冗談でないと思う人間がこの世に存在するだろうか。 少なくとも瞬は、それを真面目な訴えだとは思わなかった。 当然、からかわれているのだと思った。 今も、真顔でそんなことを訊いてくる氷河を、ふざけているのだとしか思えない。 「そんなふうに訊いてくる氷河が嫌なのっ!」 瞬は、潮の匂いの染みついた麻布で覆われた寝台の上に身体を横たえ、氷河に背を向けた。 |