船の暦で、西暦1692年6月6日の夜。
瞬は、頼りない光を発するランプの点る船室で、氷河に尋ねた。
「氷河、僕のこと好き?」
「何度もそう言ったはずだが」

即座に、気が抜けるほどあっさりと、氷河の答えが返ってくる。
その答えを確認してから、瞬は一度きつく唇を噛み締め、決死の覚悟でそれを口にした。
「ぼ……僕、今夜、何でも氷河の言う通りにするから、だから氷河、僕に氷河の力を貸してちょうだい。僕、この船のみんなを、彼等の帰るべきところに帰してあげたいんだ」

「そんな交換条件を持ち出さなくても、俺にできることはしてやる」
氷河がまた、実に気楽な調子で、頷く。

「氷河……」
瞬は、ふいに、泣き出したい気分になった。
本当は、瞬にも、ずっと以前からわかってたのである。
氷河はいつも本気なのだということも、それを知っていながら自分が素直になれずにいるだけなのだということも。

「僕と一緒に死ぬことになるかもしれない」
「喜んで死ぬぞ」
「僕と一緒に、永遠に見知らぬ場所をさまよい続けることになるかもしれないよ」
「もちろん、喜んでさまよい続けるさ」
氷河は本気だからこそ──今更深刻になる必要もないほどに本気だからこそ──、冗談のように軽い口調でそう言ってしまえるのだ。
喉の奥と目の奥が熱くなって、瞬は思わず顔を伏せた。

「我儘言って、ごめんなさい……」
「これは、おまえの我儘じゃないだろう。カリブ海に現れた幽霊船をどうにかしろというのは、もともとアテナの命令だったんだし」
そう言って、氷河がその手を瞬の肩に伸ばしてくる。
途端にびくりと身体を震わせた瞬の肩から、氷河は苦笑して、その手を離した。

「俺たちは、きっと生きて俺たちの帰るべき場所に帰れるから、その時にそこで、望みを叶えさせてもらうさ。今は自主的にお預けを食っておく」
そう言ってくれる氷河の顔を恐る恐る見あげた瞬は、一瞬ためらった後で、その唇で自主的に彼に手付金を支払った。






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