船の暦で、西暦1692年6月7日。 ポート・ロイヤルの町の3分の2を海底に沈め、2000人の死者を出した地震が、間もなく発生する。 ポート・ロイヤルの町が失われたのは、地震それ自体のせいではなく、地震のせいで起きた津波のせいだった。 「SFならSFのお約束っていうものがあるはずだよ。この船が21世紀の海にいること自体が不自然なんだから、きっとそれを元に戻そうとする反動の力がどこかにくすぶっていて、その力を発動するきっかけを待っているはずなんだ」 それが瞬の考えだった。 いわゆる、作用反作用の理論である。 カレンダーは違っていても、同じ地球上で物理の法則までが違っているはずがない。 そして、反作用の力を表出させるきっかけは、ポート・ロイヤルを襲う地震以外に考えられなかった。 「助けられるか、どうかわからない。でも、やってみる価値はあると思うんだ」 その日の朝、瞬は、甲板に船の仲間たちを集めて話し出した。 「今、11時を少し過ぎたところ。これから、できるだけ島の入り江に近付いてくれる? 異変はポート・ロイヤル付近で起きると思うから。船長さんは磁石から目を離さないでいてくださいね。多分、11時40分過ぎに大きな地震が起きて、磁石が狂いだす。そうしたら、氷河が町を襲うことになる津波を一時的に食い止めます。見慣れた風景が目に映ったら、この船は全速力で入り江を出て西に向かうんだ。そして、島の西側のどこかに上陸して。でも、2、3日はポート・ロイヤルに戻っちゃ駄目だよ。危険だから」 「シュン……?」 突然思いがけないことを言い出した瞬に、ジムが、その言葉を理解しかねたような視線を向けてくる。 他の乗組員の反応も、ジムと似たり寄ったりのものだった。 「ポート・ロイヤルの町は海の底に沈む。それは変えられない運命で、でも、みんなはきっと生き延びられるから。そしたらね、もう海賊なんてやめるんだ。海賊でいたって、もういいことは何も起こらない。ジャマイカはいい国だよ。みんなでコーヒーの苗でも育てて暮らしていくのもいいんじゃないかな」 「ポート・ロイヤルの町が海の底に沈むだと?」 今はまだ、海は穏やかに凪いでいる。 瞬の言葉は、にわかには信じ難いものだったろう。 「他の人たちは助けてあげられない。僕たちは、そこまでの力は持っていない。僕たちにできるのは、みんなを、みんなの帰るべき場所に帰してあげることだけ。それから先は──君たち次第だよ。君たちが決めることだ」 信じ難いはずの言葉を、しかし、気の好い海賊たちは、まもなく不思議なほど自然に信じてしまったようだった。 「あんたら、本当に神様なのか? 変な名前だけど」 「違うけど、信じて」 瞬と氷河を囲む海賊たちの瞳の中に、疑惑の色はまるでなかった。 彼等は、子供のように素直な目をして、まっすぐな瞬の唇をじっと見詰めている。 「君たちはきっと幸せになれるから。君たちがそうなろうと努力し続ける限り」 その約束が無責任なものだということは、瞬も自覚していた。 だが、幸せになろうと努力できること自体が 人にとっての幸せなのだと 瞬は信じていたし、瞬は、彼等にそのための希望を与えたかったのだ。 「なるよ」 「うん」 氷河と瞬がそれまでに披露してきたSF技や、まっすぐな唇も、彼等に瞬の言葉を信じさせる一助になったらしい。 ジムは、瞬に大きく頷き返した。 |