「あ、そだ」 自分のギター演奏が歓迎されるとは最初から思っていなかったらしく、星矢は、氷河の素っ気ない返事に気を悪くした様子は見せなかった。 抗議の言葉の代わりに、星矢は、突然、彼の手の平ほどの大きさの青い袋を一つ、瞬の目の前に差し出した。 どうやら、コーヒー豆の入った袋らしい。 「ここのホテルのラウンジでさ、すげーうまいコーヒー飲めるんだ。豆、買って帰ろうと思って、仕入先聞いて、買ってきたんだけどさ。ほら、これ、面白いだろ」 星矢が差し出した青い袋の表には、『H&S CORPORATION 』というロゴが印刷されていた。 飾り文字のロゴの下に、古い祈祷書でよく見掛けるグラゴル文字で、小さく『 HYOGA & SHUN 』の但し書きがある。 「300年の歴史を誇る、ジャマイカ有数のコーヒー農園のブランドなんだそうだ。ヒョーガ&シュン。そんな単語はパトワ語にもないし、農園の名前の由来は今の経営者も知らないそうだが」 「偶然にしても出来すぎだろ。土産と話の種を兼ねて、20袋も買ってきちまった。最高級のブルマンだぜ〜!」 紫龍と星矢が見付けてきてくれた“話の種”をその手に受け取った瞬は、胸が詰まるような思いにとらわれた。 その農園は、もしかしたら。もしかしたら──と。 『変な名前』を連発していた海賊の少年と気の好い船長たちを思い出し、そして、氷河と瞬は無言で顔を見合わせたのである。 「うん。すごい偶然」 懐かしい思い出を語るような声音で、瞬は小さく呟いた。 あれから、あの海賊失格の海賊たちがどう生きたのかを確かめる術は、氷河にも瞬にもない。だが、彼等はきっと変な名前の神の言葉を信じて幸せになってくれたのだと、瞬はそう思うことにした。 瞬を帰るべき場所に連れて来てくれた氷河の手に青い袋を手渡して、瞬は、涙で掠れた声で彼に囁いた。 「見て、氷河。変な名前が書いてある」 Fin.
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