虫干し作業に勤しむ美穂たちの周囲に子供たちが興味深げに寄っていく様を眺めながら、瞬は思い切って氷河に訊いてみた。
「あなたは僕の何?」
訊いてから、それがひどく不躾で不自然な日本語だということに気付き、言葉を変えて再び問う。
「僕とは、どういう知り合いだったんでしょう」
それから瞬は、記憶を失ってしまった自分の世話をしてくれた人物の気を悪くさせてしまったのではないかという不安を覚えながら、恐る恐る自分の横に立つ金髪の男の表情を窺い見た。

「俺は──」
以前の瞬なら決して、彼の仲間に対して、そんなふうにおじけた目を向けることはなかっただろう。
瞬の怯えに気付かぬ振りをし、自身の傷心を押し隠し、氷河は、用意しておいた嘘を瞬に語った。
「滅多に顔を合わせない友人……かな。俺も孤児なんだ。一時期、ここにいた」

「え……」
瞬は、ほとんど初対面の人間に悪いことを聞いてしまったと思ったのである。
今の瞬は、自分にも両親がないことを忘れていた──知識としては知らされていたが、その事実を実感できてはいなかったので。

瞬は、瞼を伏せて口をつぐんだ。
二人の間に、しばし重苦しい沈黙が横たわる。
それがひどく居心地悪く感じられて──というよりもむしろ、沈黙が恐くて──瞬は、再度口を開いた。

「今は……どちらに?」
「養子に貰われた先の家だ」
「じゃあ、今はそのお宅で不自由なく暮らしてらっしゃるんですか? つらいことは──」
「ない」
瞬の言葉を遮るような氷河の即答が、言葉の意味とは全く逆の感情を感じさせる。
暫時、その感覚に言及してしまっていいのかどうかを迷ってから、瞬は彼に告げた。
「つらそうに見えます」

記憶を失う以前と変わらず、他人のつらさに敏感な瞬に──自分のつらさには鈍感なくせに──氷河は、苦いものを感じていた。
記憶を失っても、瞬は瞬なのだ──氷河が好きになった瞬。

「……まあ、生きていればいろいろあるさ。誰にでも。俺も同じだというだけのことだ」
自分の中から一向に消えてくれない未練と後悔を無理に振り払い、氷河は曖昧な言葉で、自分に向けられた瞬の憂慮を拒んだ。
「おまえはここでの生活に慣れないのか? 記憶が戻らないのは不安か」

話題を変えるために持ち出された氷河の問いかけに、瞬は首を横に振った。
氷河の瞬・・・・は、たとえ不安に苛まれていても、つらく悲しいことがあっても、他人にそんなことをぶつけたりはしない。

「ここの人たちはみんな優しいです。子供たちも、両親がいないなんて思えないほど、みんな素直で明るくて──平和で……。ここにいるのは気持ちいい。心が安らぐ。記憶を失って、不安でいていいはずなのに、そうじゃなくて、でも……」
その瞬が、今の瞬にとっては他人も同然のはずの氷河に、力のない声で呟くのだ。

「でも、とても大事なものをなくしたような気がするんです」
今の瞬の前では無言でいることしかできない氷河を、瞬は切なげな目で見あげ、問うてきた。
「僕がなくしたものが何なのか、知りませんか?」

瞬がなくしたもの──瞬は、それ・・を失うことで、別の幸福を得ることができるのだと、氷河はまず、自分自身に言い聞かせた。
それから、左右に首を振ってみせる。
「今のおまえは、記憶を失う以前と全く同じ生活をしている。おまえが失ったものが何なのか、俺にはわからない」

「そう……ですよね……」
飼い主に見捨てられた仔猫のように頼りない声を、瞬は氷河に返してよこした。






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