「瞬が寂しがってるから遊びに行ってやれって、氷河に言われて来た」
翌日、星の子学園にいる瞬の前に現れたのは、瞬が病室で目覚めた時に、興奮気味の大声で騒ぎたてていた、子供のように大きな瞳の少年だった。
あの騒ぎ振りから察するに、自分は彼とは親しかったのだろう──氷河とはさほど親しくなかったとしても──と、瞬は思った。

「星矢ちゃん!」
「わー、星矢にーちゃんだー!」
美穂のあとからついてきた子供たちが数人、まるで遠慮のない態度で星矢の腕に飛びついていく。

「俺もここにいたんだ。おまえたち、相変わらず元気だな」
まとわりつく子供たちを適当にからかいながら、星矢が瞬に──氷河によって用意された嘘ではなく真実を──告げる。

その屈託のない笑顔に、不安に張り詰めていた心を和ませ、そして、星矢とは対照的に険しいばかりだった昨日の氷河の横顔を思い出し、瞬は星矢に尋ねた。
「氷河さんと同じ?」
「あ?」
星矢は一瞬、奇妙に顔を歪ませた。
瞬の口から『さん』づけで出てきた氷河の名に、星矢はどうしようもない不自然を感じたのである。

「氷河がそう言ったのか? ──ああ、そうなんだ。氷河とは喧嘩友だち」
「今日は氷河さんはいらっしゃらないんですか」
「あいつは──」
部屋に引き籠もって沈んでいる──と、本当のことは、今の瞬には言えない。
答える代わりに、星矢は逆に瞬に尋ねた。
「氷河に会いたいのか?」
「…………」

『会いたいのか』と問われれば、瞬の正直な気持ちは『会いたくない』だった。
少なくとも、好んでしばしば会いたいと思うような雰囲気を氷河は有してはいない。
だが──。
「目が」
「目?」
「氷河さんの青い瞳に見詰められてると──」
何かを思い出せそうな気がする──と言いかけて、瞬はその言葉を喉の奥に押しやった。

それは違う──そうではない。
彼の青い瞳に出合うと──見ているだけで、見詰められているだけで、胸が痛むのだ。
だが、会わずにいても、瞬の胸は痛む。
これはいったいどういうことなのだろうと、瞬が自問自答を始めた時、星矢が妙な言葉を吐いた。
「氷河に見られてると、おかしな気分になるか?」

「…………」
星矢がどういう意味でそんなことを言ったのかを、瞬は理解しかねた。
確かに今の自分は『おかしい』のだろうが。

氷河と自分は、長い期間ここに一緒にいたわけではないらしかった。
氷河自身が、そんなに親しかったわけではないと言っていた。
たまたま事故のあった日に氷河が古巣に帰って来ていただけで、滅多に顔を合わせることはなかった──とも。

彼が瞬に嘘をつくはずはない。
そんなことをして、彼に何の得があるはずもない。
しかし、瞬は、彼が何かを隠しているように思えて仕方がなかった。

「早く、思い出してやれよな、瞬。それがいちばんいい解決法だ。氷河の幸せがおまえの幸せだろ?」
瞬に会いに来たと言いながら、ほとんど子供たちに独占されていた星矢が、帰りがけに瞬に告げた言葉。

瞬がその言葉の意味を問おうとする前に、星矢は瞬の前から駆け去ってしまっていた。






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