「──瞬」 「……ばか」 氷河が目を開けた時、瞬はすべてを思い出していた。 氷河がなぜこんな残酷なことをしたのかを察し、涙で彼を責める。 「平和で人を傷付けずに済んで、でも氷河や仲間たちのいない世界と、人を傷付けなきゃならなくても氷河がいる世界と、僕がどっちを選ぶと思ったの」 「俺は……」 瞬がどちらを選ぶのかを、氷河はもちろん知っていた。 だからこそ氷河は、瞬には選び得ない平和な世界を瞬に与えてやりたかったのだ。 それが瞬の幸せだと信じて。 だが、瞬は、氷河の考えを否定した。 「氷河はほんとに勝手。僕の幸せが何なのか、いちばんよく知ってるのは、氷河じゃなくて僕なんだから。勝手に一人で変なふうに思い込まないで、僕に聞いてくれればよかったんだ。僕の幸せが何なのか」 「…………」 それは、“人を傷付けずに済むこと”ではなかったのだろうか。 氷河の下で、瞬はいつもその事実を嘆いていた。 そんな夜を過ごすたびに氷河は──氷河もまた、瞬を救ってやれない己れの無力を嘆いていたのだ。 氷河のそんな考えを見透かしたように、瞬が首を横に振る。 「氷河が訊いてくれたら──僕の幸せは何なのかって、氷河が僕に訊いてくれたら──氷河が側にいてくれることだって、僕はすぐに答えたよ」 「瞬……」 「闘いがなくて平和でも、氷河が寂しくしてたら、僕はつらい。氷河は、僕がいなくてもつらくなかったの」 こんな だが、彼はそうすることはできなかった。 頬に、額に触れる瞬の手の温かさが心地良い。 自分の必死の──まさに必死の──努力にも関わらず、瞬がやはりすべてを思い出してしまったことが、今の氷河は嬉しかった。 馬鹿な男を抱きしめていた瞬の手をほどき、代わりに自分の腕で瞬を抱きしめる。 ベッドの枕元に腰をおろしていた瞬の両脚を抱えあげて瞬をベッドの上に乗せると、その上に重なるようにして、氷河は瞬を抱きしめた。 「俺が馬鹿だった」 低く呻くような声で、自らが辿り着いた結論を、氷河が口にする。 その氷河の肩と髪を、瞬もまたしっかりと抱きしめ返したのである。 |