「記憶が戻ったのは結構なことだけどな! 戻った途端にアレかよ! 瞬、おまえ、もう一度、記憶をなくせっ!」
羞恥に頬を染めて項垂れている瞬の前で、星矢が怒鳴り声をあげる。

星矢の怒りは当然のことだった。
氷河の許に赴いた瞬が2時間を過ぎても部屋から出てこないことを心配し、まさか本当に氷河は死んでしまっているのではないかという不安にかられつつ、瞬の部屋のドアを開けた星矢の視界に飛び込んできたのは、『もうこれ以上はだめっ!』とか何とか喘ぎながら、その手で氷河の髪をくしゃくしゃに乱している瞬のあられもない姿と、氷河の裸身だったのだから。

仲間の叱責に項垂れている瞬の隣りで、
「長い絶食のすぐあとに固形の食事はよくない」
などと、腹立たしいほどに冷静な判断に基づいたセリフを吐きつつ、ゼリードリンクをすすっている氷河の姿が、星矢の怒りに拍車をかけていた。

「どう考えても、氷河は瞬から栄養分を摂取しているな」
「瞬に吸い取られて衰弱死しちまえばいい!」

星矢が怒り心頭に発しているのは、それだけ自分たちが彼に心痛を与えていたからなのだということがわからない瞬ではない。
瞬は両の肩を縮こませるようにして、毒舌を極めている星矢に謝罪した。
「ごめんね、星矢」
「今更……。おまえらがスキモノなことくらい知ってる」
「うん、ごめんね」

事態は大団円を迎えようとしているのに、肩身が狭そうにしている瞬の様子が、星矢の怒りを徐々に和らげる。
星矢は大きな溜め息をひとつついてから真顔に戻り、瞬に言った。
「俺と紫龍、反対したんだぜ。瞬は絶対、聖闘士でいた方が幸せだって。どんなにつらくても、俺たちと──氷河がいた方が……」
「だが、どうも恋する男は自信家になりきれないものらしくてな」

氷河が自信家でなかったら誰が自信家なのだろうと、彼の仲間でない者なら思うのだろう。
だが、瞬と瞬の仲間たちは、氷河の平生の不遜な程度からは想像もできないほどの弱気を、彼がその内に有している事実を知っていた。

「……氷河が記憶を失ったら、僕も同じことをするかもしれない」
「意味ねーから、やめろって。どーせ、すぐヤりたくなって、ヤッちまったら思い出すんだろ。どっかの三文小説だ」
「俺はともかく、瞬を色情狂みたいに言うな」
それまで星矢の怒声を馬耳東風と聞き流していた氷河が、突然口を挟んでくる。
瞬は、星矢と氷河の両方をなだめるように、
「星矢の言う通りだね」
と言って笑った。

瞬の肯定発言が、氷河は気に入らなかったらしい。
彼は、少し向きになったように言葉を重ねた。
「俺は、それがおまえのためになるのなら、一生できなくても我慢するぞ」
それは 生々しくも なかなかにすさまじい告白ではあったのだが、氷河のその主張が意味する正確なところが、今の星矢には既にわかってしまっていた。
瞬なしでは氷河の一生はすぐに終わってしまうから、その短い期間だけなら、氷河にも我慢ができるというだけのことなのだ。

「僕は──」






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