「僕は、我慢できない」 「瞬?」 氷河の主張に逆らうように真顔でそう言った瞬に、その場で最も驚いたのは、星矢でも紫龍でもなく、氷河その人だった。 「僕は」 たとえ、それが、相手の幸福を願ってのことなのだとしても、自分の手で勝ち取ったものではない偽りの幸せの中で生きることなど、 「僕は我慢できないよ。だから、もうこんなことは──」 それ以上言葉を続けることができなかった瞬が、膝の上で両の拳を握りしめる。 瞬の二つの小さな拳を見て初めて、氷河は、自分のしたことがどんなに愚かで、瞬の意思を無視した不遜なことだったのかという事実に思い至った。 そして、神妙な顔になる。 「阿呆! 俺たちの前で盛るな!」 シリアス方面に移行しかけた雰囲気を吹き飛ばすために、星矢が瞬と氷河を怒鳴りつける。 「俺たちは席を外そうか?」 紫龍もまた、会話の表面だけを捉えた振りをして、瞬に尋ねた。 仲間たちの気遣いに応えて、瞬が伏せていた顔をあげ、笑顔を作る。 「紫龍まで冗談はやめて。今は一緒にいてよ。みんなのとこに帰ってきたんだって、実感していたいから」 生きている人間の上には、色々なことが起こる。 誰の上にも、同じように。 だが、互いの思い遣りが擦れ違って不幸になる不幸ほど悲しいものがあるだろうか。 そんな不幸に比べたら、悪意のある人間に陥れられる方が、よほどマシな不幸である。 「氷河がまた、こんな馬鹿なこと企てたら、その時には殴ってでも止めてやるからな。安心してろ」 「うん」 自分の幸せのある場所がどこなのかを知っていること、その場所がどこなのかを愛する者たちが知っていてくれること、そして、そんな仲間たちが側にいてくれること。 そのすべてが叶い、満たされている自分を、瞬は幸福だと思った。 事実、瞬は幸福だった。 Fin.
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