考えようによっては、それは、成人した貴族の子弟としてはごく一般的かつ当然のことではあった。 要するに、氷河は他の貴族の娘のところに通い始めたのである。 それは定められた許婚への若者らしい一過性の反発にすぎないのだろうと、氷河の父母は最初のうちは考えていた。 他の家の姫を見れば、瞬がどれだけ美しい姫なのかを再確認することになり、結局息子は元の鞘に納まることになるだろうと、彼等はその状況を楽観視していたのである。 しかし、氷河の夜歩きは一向に止まず、ひとりで屋敷に取り残されている瞬の沈んだ様子を見るにつけ、氷河の父母は息子の連夜の外出に腹立ちを隠せなくなっていった。 氷河の祖父ほど豪放磊落ではなく、公家の因習に囚われているところのある夫婦だったが、それでも二人は、世の風紀の紊乱を嫌悪し、氷河と瞬が幸福に結ばれることを望んでいたのだ。 氷河はまるで瞬に当てつけるかのように、有力な公家の姫を選び、その屋敷に足しげく通っていた。 もっとも、さすがに藤原一門の姫は避けているようではあったが。 瞬の実父・藤原忠通は、弟頼長との権力闘争の渦中にあり、他家に奪われた娘のことなど忘れ果てている。 強く出られる立場ではないことを心得ているような瞬の様子に、瞬を、それこそ実子同然に思って育ててきた氷河の両親は、実の息子の不実に憤慨していた。 「兄弟のように育ちましたから、氷河はきっと今更、僕を妻に迎えようという気にはなれないんでしょう。氷河のしたいようにさせてあげてください」 憤激している養父母を執り成すように、瞬は言ったのだが、氷河の父はそんなことでは腹の虫が治まらなかった。 「そなたはそれでよいのか」 「…………」 そう問い返されれば、瞬は返す言葉を見付けられない。 実母が亡くなってからは実家との行き来もなくなり、今の瞬が頼れるのは氷河だけ――という状況になっていた。 その氷河に見捨てられかけて、心細くてたまらないはずなのに、それでも氷河を庇おうとする瞬の様子を見て、氷河の父母は若い二人を静観しているだけではいられない心持ちになったのである。 「やはり一度、きっちり説教してやろう」 そう言っていきり立つ養父を、瞬は必死に押しとどめた。 押しとどめない訳にはいかなかったのである。 氷河は何も悪いことをしていない。 彼は人倫にもとることをしているわけではなく、妻になるはずの女の心を踏みにじるような無慈悲や不実を為しているわけでもなかったのだ。 瞬は実は姫ではなく男子で、氷河はその事実をずっと以前から知っていたから。 |