「義父上様と義母上様に本当のことを言おう。このままじゃ、氷河が不実者ということにされてしまう」 「駄目だ」 瞬の提案を、氷河は言下に却下した。 今の瞬には帰る家はない。 今更、実は男でしたと親元に帰っても厄介者扱いされるだけ――ということはわかっていた。 姫なら手駒にもなろうが、骨肉相食む状態で権力闘争に明け暮れている今の藤原宗家にとっては、政治的に策動する才覚も持たない無能な男子など、無用の長物どころか障害ですらある。 氷河に指摘されるまでもなく、それは瞬自身がいちばんよく承知していた。 しかし――。 「この家にいても、僕は氷河のために何もできない。氷河の妻にもなれないし……」 瞬にはそのことが、実父の許で厄介者扱いされることより、はるかにつらく遣り切れないことだったのである。 力無く肩を落としてしまった瞬に、藤原宗家からついてきた乳母が、これまた申し訳なさそうに瞼を伏せる。 「私があの時、『花のような』などと言わず、『玉のような』と言っていれば、氷河様のお祖父様も誤解なさらなかったかも……」 瞬と共にこの家にやってきて、それ以来十数年、瞬の世話をし続けてきた彼女は、今ではすっかりこの家に馴染んでいた。 生まれたばかりの実子と夫をほぼ同時に失い、瞬の乳母として雇われた彼女は、その母性の全てを瞬に注ぎ込んで、今日の日までを過ごしてきたのだ。 「まあ、花に例えたくなる気持ちはわかる」 沈んだ空気と冷たい夜気を払いのけるように、氷河が笑いながら告げる。 男君の衣装を着けていても花が香りたつような風情の許婚の姿を、氷河は改めて見やり、瞬はその視線から逃れるように乳母に向き直った。 「乳母には本当に感謝してるよ。出世して苦労に報いてあげられないのが心苦しい」 「こんなにお綺麗な若君お二人のお世話ができて、私は光栄でしたし、誇らしゅうございましたよ」 亡き実母と養母に次ぐ3人目の母とでも言うべき女性の言葉に、瞬は胸が詰まった。 実父すら知らない瞬の秘密を知っているのは、氷河とこの乳母だけなのだ。 「お二人の幸せだけが、私の望みです」 「……ごめんね。ありがとう」 瞬は彼女の肩に手を置いて、心からの謝意を告げた。 彼女のただ一つの望みを叶えてやることのできない我が身が、瞬は悲しかった。 十数年間 兄弟のように育ってきた相手を、瞬は許婚として慕っていた。 その思いは決して報われることはなく、それゆえ瞬は、彼女が望むように幸せになることはできない――のだ。 そして、その氷河は、不実なことなど何ひとつせず、貴族の青年としてはごく普通のことをしているだけなのに、妻になれない許婚のために、父母に責められている。 どうすれば八方ふさがりのこの状況が解決するのか、瞬にはまるでわからなかった。 瞬にわかっていることはただ、自分が無力な存在だということと、自分が決して幸せになることはないという、その二つのことだけだった。 |