「図々しくて無神経なんて、氷河にだけは言われたくねーセリフだぜ」
星矢はもちろん、自分よりも氷河の方が はるかに図々しくて無神経で大様かつズボラかつ大まかな人間だと確信していた。
氷河は恋する者が抱きがちな幻想の中で、彼自身はもちろん瞬をも、実際よりもデリケートで傷付きやすい人間だと思い込んでいるようだが、実際には瞬はそれほど か弱い人間ではないことも、星矢は十二分に承知していた。
星矢の目には、恋する者の目にかかる あの特別なフィルターがかかっていない。
故に、彼の目には、現実は現実にあるがままに映るのである――あるがままにしか映らない。

「まあ、氷河がしょーもないほど瞬を好きなことだけはわかったけど」
「ここはやはり、俺達が一肌脱いでやるべきだろう」
「紫龍、脱ぐの好きだもんな」
露出趣味のある仲間をからかいながら、星矢が、テーブルの裏面にセットしておいたボイスレコーダーを取り外す。
紫龍は、四方の壁の柱の陰にくくりつけていた超小型のビデオカメラを手早く回収した。

「しっかし、氷河もひとりで勝手に これは片思いだって決めて、切ない片思いの苦悩とやらに浸ってるみたいだけどさ、瞬がなんであんなこと自分に訊いてきたのか、氷河は本気でわかってねーわけ? 好きでも何でもない相手に、自分のことを好きかどうかなんて訊くか、普通? 氷河って、ばっかじゃねーの」
「まあ、そう責めてやるな。『マトモな判断力を持っている人間は、本当は恋などしていない』という格言があるくらいだ。恋する男のココロは繊細で複雑だそうだし、好きすぎて笑いに紛れさせずにはいられない思いというのもあるんだろうしな」
「繊細で複雑な男には、単純でズボラな俺にもわかることがわかんねーわけだ。たかが氷河の恋心なんか、重荷に感じたりするかよ、あの力持ちの瞬が」
「まあ、それはその……何だな」

星矢の超論理的な意見に突っ込むべきか否かを一瞬間だけ迷った紫龍は、結局そうすることをしなかった。
星矢が提示した結論は――結論だけは――、彼には正しいものに思われたので。






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