加賀で始まった伊賀と甲賀の争いは、御斎峠の向こうにある里――つまりは敵の本拠地を殲滅する方向へと移ってきていた。
里の周辺で伊賀の者と甲賀の者が出会うと、途端に闘いが始まる。
瞬は、御斎峠を中心にして東奔西走し、あちこちで起こる私闘を止めることから始めたようだった。

「催眠術――のようなものなのかもしれませぬ。闘えずに戻ってきた者たちの話では、邪心のない花のような姿で争いをやめろと言われると、皆 気力を殺がれ、闘いをやめずにいられなくなるとか。己れの身体を傷付けてその術から逃れようとした者もいたのですが、それでも伊賀の頭領の術からは逃れられなかったという話です」
「…………」

瞬の武器は真心だけである。
にも関わらず、それを幻術の類だと思ってしまう甲賀の忍び――伊賀の者もそうなのだろうが――を嘆かわしく思い、氷河は嘆息した。

「その伊賀の頭領が俺に首ったけで、おそらく瞬は俺の言うことなら何でもきいてくれると思う。だから、もう無意味な争いはやめにしないか。伊賀と甲賀が争い消耗すれば、柳生や根来の者たちを喜ばせるだけだ」
そんな自明のことに誰も思い至らないほど甲賀の者は愚か者揃いなのか。
少々 はったりも混じっていたが、氷河は、父の代から山中家の忍びを統率してきた古老に訴えてみたのである。

「これは理屈ではなく、意地と感情と、そして己れの立つ場所を確かなものにしたいという保身から始まった争いなのです」
そう言って、老人が左右に首を振る。
「頭領が我等の目の前で伊賀の花を手込めにしてみせても、伊賀が甲賀への敵対心を放棄したのだとは誰も思いますまい。勢いづいて伊賀の里に決戦を挑むだけでしょう」

「馬鹿げている……!」
そんなことをしても、伊賀の忍びを殲滅することはできないだろう。
生き延びた者が甲賀への憎しみを募らせるだけである。
もし甲賀が伊賀の者を一人残らず滅ぼすことができたとしても、甲賀の前には別の敵が姿を現すだけのことである。
そんな簡単なことがなぜわからないのかと、甲賀の青い目の頭領は歯噛みをした。






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