自分が瞬によって何を白状させられたのか――は、改めて思い起こす必要もなく、氷河にはわかっていた。
氷河が恐れているのは 自分の心が変わることではなく、永遠に愛するはずだったものを失うこと――だった。
その時、自分の手に残される唯一のもの――永遠の孤独――を氷河は恐れていたのだ。

「人は誰もが その事実に耐えるよ。氷河だってそうでしょう――そうだったでしょう」
“氷河”という人間は、これまで幾度、“永遠”と信じていたものを失ってきただろう。
そのどれもが、失う時のことなど考えもせずに愛し始めたものたちばかりだっただけに、それらのものを失った時の氷河の衝撃は大きかった。
まして――。
「それがおまえだったら、きっと耐えられない」

だから恋ではないといい、永遠ではなく一夜だと言う。刹那主義に逃げようとする。
だが結局のところ、“今”だけを求めようとする意思は、“永遠”を恋い願う心に他ならない。
氷河は、自分の言葉の矛盾には気付いていた。
訴えれば訴えるほど、己れの恋の深さと執着の強さが白日のもとにさらけ出されてしまうことにも。

「大丈夫だよ。氷河は強いから」
瞬が、いつもと変わらぬ微笑を浮かべ、いつもと変わらぬ口調であっさりと言い切る。
その口調の軽さとやわらかさが、氷河の神経を逆撫でした。
「おまえは自分がそうだから、俺もそうだと思っているんだ! おまえは、俺が死んでも、その死に耐えられるんだろう。だが、俺は――」
氷河は、その先を言葉にしてしまうことはできなかった。
氷河の横に身を起こした瞬が悲しそうな目をして、甘ったれたことを居丈高に怒鳴る男を見詰めていることに気付いたせいで。

「――そうだよ。僕は耐えるよ」
その瞳から ひと粒 涙がこぼれ落ちる様を見て――見せられて――氷河は、自分で自分を情けなく感じるほどに慌て、取り乱した。
自分は 瞬が泣くほどひどいことを言ってしまっただろうかと思い、思った側から、自分はそれを言ってしまったのだと気付く。
必死に強くあろうと努めている人間を責めるなど、思い上がった愚か者のすることである。
瞬はおそらく、その愚か者の心を悲しんで涙を流しているのだ。

「瞬……瞬、すまん」
氷河が上体を起こし、だが、泣いている者の肩を抱きしめることもならず、ただ謝罪の言葉だけを口にする。
瞬は唇を噛みしめ、潤んだ瞳で愚か者の顔を見上げ、訴えてきた。
「氷河は、自分だけが愛してると思ってるんだね。それは傲慢なことなんだから。愛されていることに気付かないと、不幸になるのは氷河自身だよ」

つい反射的に、『それがうぬぼれだったなら、みじめになるのは俺自身じゃないか』と言いかけた氷河は、ぎりぎりのところで、その愚挙を実行に移さずに済ませることができた。
それは、うぬぼれでなく事実である。
瞬は、この甘ったれた愚か者を愛してくれている。
でなかったら、こんな乱暴な愛撫に耐えてくれるはずがない。

そんな瞬を疑うことは瞬の心を傷付けることで、氷河はそれだけはしたくなかった。
瞬が言った通りに――瞬に愛されている男は 瞬を愛していたので。
この一夜が永遠になる前に断ち切られてしまっても、自分はやはり、この夜を永遠だったと思い続けるだろうことがわかるほどに――氷河は瞬が好きだった。






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